もっと知りたい あべの発見!7つのあべの物語
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42出土品と共に姿を消した丸山古墳丸山古墳は、面積82㎡ばかりの円墳で、その頂きに長方形と宝冠形の石塔二基が安置され、墳丘には老松が繁り、その西側のやや低くなったところに、濠の跡らしい大小二つのくぼ地があり、一見貴人の墳墓であることが見取られ、その形状から人々は丸山と呼んでいました。1923(大正12)年、古墳の表土が鋳物用に好適の土である■丸山・聖天山姿を消した古墳があったということから採掘され、石棺、香炉など多くの埋葬物が発見されましたが、今日のように考古学が発達していない時代で、調査研究等一切行われず、丸山古墳はその出土品とともに姿を消してしまいました。前方後円墳だった?聖天山古墳聖天山古墳は、1950(昭和25)年までは、原生林のような手つかずの荒れ地で【所在地】丸山通2丁目8丸山古墳跡の碑した。古墳は帝塚山古墳ほどの規模の周濠をもった前方後円墳であったと推定されています。聖武天皇はこの古墳に立ち寄り、古くは聖武帝山と呼ばれていましたが、正圓寺に大聖歓喜天を祀ったことから聖天山と呼ばれるようになりました。【所在地】松虫通3丁目2聖天山公園周辺に聖天山古墳はあったようです。公園内にはクスノキの巨木があります。聖天山古墳

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