今月の1点

大阪新美術館建設準備室が収蔵する作品の中から、展示中・貸出中のものを中心に毎月1点選び、作品解説などとともに紹介しています。
(所蔵者表記のないものはいずれも、大阪新美術館建設準備室所蔵作品です)

11月の1点

白髪一雄《ミスター ステラ》

白髪一雄 しらが かずお(1924–2008)
《ミスター ステラ》

1958年 油彩,和紙・カンヴァス 182.5×272.8cm

 白髪一雄といえば今や彼の代名詞となったといってもよい「フットペインティング」を想起される方も多いでしょう。「フットペインティング」とはその名のとおり床に敷いたカンヴァス上に絵具のかたまりを落とし、天井から吊り下げたロープにつかまってそのかたまりを足で伸ばしながら描画する方法です。白髪が「アクションペインティング」の画家として知られるようになった描画法でもあります。
 この方法によって描かれた本作は1959年に開催された第8回具体美術展の出品作です。関西では京都市美術館で開催され、白髪を含む約30名の作家たちから250点もの作品が出品された大規模な展覧会でした。白髪は立体1点、絵画9点から成る10点の作品を出品していますが、現在カラーで確認できる作品7点にはいずれも大胆に赤色が使われています。前後の制作の傾向から想像するに残りの3点にも赤色が使われていた可能性が高いといってよいでしょう。抜けるように天井が高く広々とした京都市美術館の壁面1列を、横幅270cm、縦幅180cmの真紅の作品が9点並ぶ光景を想像すると思わず身震いがします。会場中央に配された1点の立体《赤い角材に挑むオブジェ》も、もはや説明不要ですが真紅です。
 白髪にとって赤色は特別な色です。「クリムゾンレーキ」という赤色の絵具を多用したことはよく知られていますが、1956年には《紅い液》という牛レバーを赤い液体の中に沈めた(見た目は赤いホルマリン漬けのような)作品も制作しています。尼崎生まれ尼崎育ちの白髪は、毎年8月に開催されるだんじり祭を思い起こして次のように語っています。

倶梨伽羅紋紋の兄い達が掛け声も勇ましく、それ!とばかりに曳き出して、一度に両方がガーンとぶつかりあうのです。もちろん毎年、死人が出る始末で、何人もの血だらけの人達が医院にかつぎ込まれるのを目にしました。今でも、目の前で惨死する様子をありありと思い出します。倶梨伽羅紋紋の入れ墨に真っ赤な血が流れるさまは、幼い私にとってあまりにも強烈な光景で、その頃に見物した血だらけの芝居の印象と共に、幼い脳裏に焼き付けられました。…このような環境に育った私ですが、長ずるに従って絵の道を志すようになりました。これら幼時に見聞きした事が強く影響して、今も作品に幼児体験が顔をのぞかせているのではないかと思います。とくに、一九五四年頃から始めた「足で描くアクション・ペインティング」にそれらの事が総て込められていて、潜在する内なるものがある時は画面に凝結した形で現れる。またある時は噴出し、たたきつけるかのように炸裂して、私そのものの存在を積極的に表現しているのではないかと思います。(*1)

 本作では真紅、漆黒、黄の絵具が絡み合いながら、足の指筋を残す生々しい身体性がカンヴァス上で炸裂し閉じ込められています。本作発表より少し経ってから、白髪は猪の毛皮をカンヴァスにはりつけた作品を発表します。前出のレバーの作品、毛皮の作品、血を想起させる赤色の作品。白髪が生々しく生命の痕跡を感じさせる素材に向き合っていたことを思うと「アクションペインティング」だけでは語りつくせない、本質的に彼が向き合っていたものが見えてきそうです。最後に白髪の言葉で締めくくります。作品を前に彼の「資質」に向き合うことでその制作の原点を垣間見ることができるはずです。

私の美術表現についての思いは目に見えない精神というものが肉体の条件によって形造られ変化して行くものであるということにある。…人間が如何なる生活行動をするにしても資本となる体質とそれにまつわる感覚的な精神を私は資質と唱える。…美術は今や本当に生きているといえるであろうか。多くの作家が本当に個人性を考え私のいう資質を表現しているであろうか。…創造性は責任ある自己の資質の正直な表現にだけある。しかも強い資質は創造性によってしか鍛えられない。…私のいう資質とは、今まで個性といわれて来た様な後天的に発展のない弱いものではなく、もってうまれた肉体を土台として、生存する中に獲得された肉体と精神の統合された状態のものを指すのである。(*2)

(学芸員 國井綾)

*1 『ニューひょうご』第19巻9号、通巻228号、1986年9月
*2 「資質について」 『具体』第5号、1956年10月1日

☆白髪一雄《ミスター ステラ》は、尼崎市総合文化センターで11月11日(土)から12月24日(日)まで開催の「白髪一雄 画材と表現」展に展示されます。

今月の1点バックナンバー

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平成29(2017)年度のバックナンバー

  • ピエール・ボナール《散歩》
    2017年10月
    ピエール・ボナール
    《散歩》
  • 辻富芳《ことり》
    2017年9月
    辻富芳
    《ことり》
  • アルベルト・ジャコメッティ《鼻》
    2017年8月
    アルベルト・
    ジャコメッティ
    《鼻》
  • 佐伯祐三《ノートルダム(マント=ラ=ジョリ)》
    2017年7月
    佐伯祐三
    《ノートルダム(マント=ラ=ジョリ)》
  • 北野恒富《摘草》
    2017年6月
    北野恒富
    《摘草》
  • ハンス・ヒルマン 映画『ミュリエル』ポスター
    2017年5月
    ハンス・ヒルマン
    映画『ミュリエル』ポスター
  • 石崎光瑤《白孔雀》
    2017年4月
    石崎光瑤
    《白孔雀》

平成28(2016)年度のバックナンバー

  • マルセル・ブロイヤー《肘掛け椅子B3〈ヴァシリー〉》
    2017年3月
    マルセル・ブロイヤー
    《肘掛け椅子B3〈ヴァシリー〉》
  • 持田総章《LOCATION FLOW-1(刃による版)》
    2017年2月
    持田総章
    《LOCATION FLOW-1(刃による版)》
  • 泉茂《闘鶏》
    2017年1月
    泉茂
    《闘鶏》
  • 山田正亮《Work C-57》
    2016年12月
    山田正亮
    《Work C-57》
  • 吉原治良《インターナショナル・スカイ・フェスティバル下絵》
    2016年11月
    吉原治良
    《インターナショナル・スカイ・フェスティバル下絵》
  • 吉原治良《朝顔の女》
    2016年10月
    吉原治良
    《朝顔の女》
  • 佐伯祐三《K氏の顔〈スケッチ〉》
    2016年9月
    佐伯祐三
    《K氏の顔〈スケッチ〉》
  • 藤田金之助《ロシナンテとダップルの合唱》
    2016年8月
    藤田金之助
    《ロシナンテとダップルの合唱》
  • 鷲見康夫《作品》
    2016年7月
    鷲見康夫
    《作品》
  • 北野恒富《思出》
    2016年6月
    北野恒富
    《思出》
  • 慈雲飲光《不能損一毛》
    2016年5月
    慈雲飲光
    《不能損一毛》
  • 前田藤四郎《南の国(原画)》
    2016年4月
    前田藤四郎
    《南の国(原画)》

平成27(2015)年度のバックナンバー

  • 小石清《クラブ石鹸》
    2016年3月
    小石清
    《クラブ石鹸》
  • オーブリー・ビアズリー『イエロー・ブック』のポスター
    2016年2月
    オーブリー・ビアズリー
    『イエロー・ブック』のポスター
  • 林重義《猿と子供》
    2016年1月
    林重義
    《猿と子供》
  • 武部白鳳《雨樹栖鷲図》
    2015年12月
    武部白鳳
    《雨樹栖鷲図》
  • 村上華岳《雲上散華之図》
    2015年11月
    村上華岳
    《雲上散華之図》
  • 《上衣》
    2015年10月
    《上衣》
  • 《インド更紗》
    2015年9月
    《インド更紗》
  • 吉原治良《菊(ロ)》
    2015年8月
    吉原治良
    《菊(ロ)》
  • 正延正俊《作品》
    2015年7月
    正延正俊
    《作品》
  • ヘリット・トーマス・リートフェルト 肘掛け椅子《レッド・ブルーチェア》
    2015年6月
    ヘリット・トーマス・
    リートフェルト
    肘掛け椅子
    《レッド・ブルーチェア》
  • 菅井汲《風の神》
    2015年5月
    菅井汲
    《風の神》
  • 松原三五郎《老媼夜業の図》
    2015年4月
    松原三五郎
    《老媼夜業の図》

平成26(2014)年度のバックナンバー

  • 菊池契月《婦女》
    2015年3月
    菊池契月
    《婦女》
  • 中村真《MOTION》
    2015年2月
    中村真
    《MOTION》
  • 前田藤四郎《日時計》
    2015年1月
    前田藤四郎
    《日時計》
    (版画誌『羊土』第1集より)
  • テオフィール・アレクサンドル・スタンラン《バレエ「夢」国立音楽アカデミー》
    2014年12月
    テオフィール・アレクサンドル・スタンラン
    《バレエ「夢」国立音楽アカデミー》
  • ジュゼッペ・アルチンボルド《ソムリエ(ウェイター)》
    2014年11月
    ジュゼッペ・
    アルチンボルド
    《ソムリエ(ウェイター)》
  • 岡田三郎助《甲州山中湖風景》
    2014年10月
    岡田三郎助
    《甲州山中湖風景》
  • 高橋成薇《秋立つ》
    2014年9月
    高橋成薇
    《秋立つ》
  • 国枝金三《中之島風景》
    2014年8月
    国枝金三
    《中之島風景》
  • 堂本尚郎《集中する力》
    2014年7月
    堂本尚郎
    《集中する力》
  • 高橋秀《華やぎ》
    2014年6月
    高橋秀
    《華やぎ》
  • 岸田劉《代々木附近》
    2014年5月
    岸田劉生
    《代々木附近》
  • 島成園《祭りのよそおい》
    2014年4月
    島成園
    《祭りのよそおい》

平成25(2013)年度のバックナンバー

  • 北野恒富《淀君》
    2014年3月
    北野恒富
    《淀君》
  • エル・リシツキー《ふたつの四角について:六つの構成におけるシュプレマティストの物語》
    2014年2月
    エル・リシツキー
    《ふたつの四角について:六つの構成におけるシュプレマティストの物語》
  • レイモン・デュシャン=ヴィヨン《大きな馬》
    2014年1月
    レイモン・デュシャン=ヴィヨン
    《大きな馬》
  • 土田麦僊《聖グレゴリオの石段》》
    2013年12月
    土田麦僊
    《聖グレゴリオの石段》
  • 竹内栖鳳《惜春》》
    2013年11月
    竹内栖鳳
    《惜春》
  • 吉原治良《作品》
    2013年10月
    吉原治良
    《作品》
  • 前田藤四郎《屋上運動》
    2013年9月
    前田藤四郎
    《屋上運動》
  • 山口晃《大阪市電百珍圖》
    2013年8月
    山口晃
    《大阪市電百珍圖》
  • 横手貞美《ローズリー別荘 ヴェトゥイユ》》
    2013年7月
    横手貞美
    《ローズリー別荘 ヴェトゥイユ》
  • 河野芳夫《人間プレス-A》
    2013年6月
    河野芳夫
    《人間プレス-A》
  • 小出楢重《裸女の3》
    2013年5月
    小出楢重
    《裸女の3》
  • ジュール・パスキン《サロメ》
    2013年4月
    ジュール・パスキン
    《サロメ》

平成24(2012)年度のバックナンバー

  • 田中敦子《作品》
    2013年3月
    田中敦子
    《作品》
  • 杉本博司《アル・リングリング、バラブー》
    2013年2月
    杉本博司
    《アル・リングリング、バラブー》
  • 白隠慧鶴《大黒天曼荼羅》(鼠大黒)》
    2013年1月
    白隠慧鶴
    《大黒天曼荼羅》(鼠大黒)
  • コロマン・モーザー《肘掛け椅子》
    2012年12月
    コロマン・モーザー
    《肘掛け椅子》
  • 三露千鈴《殉教者の娘》》
    2012年11月
    三露千鈴
    《殉教者の娘》
  • 靉光《花(アネモネ)》
    2012年10月
    靉光
    《花(アネモネ)》
  • 森村泰昌《淀君》
    2012年9月
    森村泰昌
    《肖像(ファン・ゴッホ)》
  • オットー・ヴァーグナー《四段食器棚》
    2012年8月
    オットー・ヴァーグナー
    《四段食器棚》
  • 『山本發次郎氏蒐蔵 佐伯祐三画集』
    2012年7月
    『山本發次郎氏蒐蔵 佐伯祐三画集』
  • 佐伯祐三《サン・フランチェスコ聖堂》
    2012年5月
    佐伯祐三
    《サン・フランチェスコ聖堂》
  • 佐伯祐三《パリ15区街》
    2012年4月
    佐伯祐三
    《パリ15区街》

平成23(2011)年度のバックナンバー

  • 靉嘔《ヴィーナス・オヴ・ミロ》
    2012年3月
    靉嘔
    《ヴィーナス・オヴ・ミロ》
  • 花和銀吾《複雑なる想像》
    2012年2月
    花和銀吾
    《複雑なる想像》
  • 高村光雲《砥草刈》
    2012年1月
    高村光雲
    《砥草刈》
  • チャック・クロース《ジョー》
    2011年12月
    チャック・クロース
    《ジョー》
  • 小出楢重《銀扇》
    2011年11月
    小出楢重
    《銀扇》
  • 佐伯祐三《カフェ・レストラン》
    2011年10月
    佐伯祐三
    《カフェ・レストラン》
  • 〔番外編〕高橋善丸のデザインによる、近代美術館コレクション展ポスター
    2011年9月
    〔番外編〕高橋善丸のデザインによる、近代美術館コレクション展ポスター
  • 今井俊満《パラパラ》
    2011年8月
    今井俊満
    《パラパラ》
  • 金森観陽《南蛮来》
    2012年7月
    金森観陽
    《南蛮来》
  • 児玉希望《群貝》
    2011年6月
    児玉希望
    《群貝》
  • 織田一磨《永代浜(『大阪風景』)》
    2011年5月
    織田一磨
    《永代浜(『大阪風景』)》
  • ポール・シニャック《アンティーブ、朝》
    2011年4月
    ポール・シニャック
    《アンティーブ、朝》

平成22(2010)年度のバックナンバー

  • 早川良雄《第3回デモクラート美術展》
    2011年3月
    早川良雄
    《第3回デモクラート美術展》
  • 池田遙邨《雪の大阪》
    2011年2月
    池田遙邨
    《雪の大阪》
  • バリー・フラナガン《ボウラー》
    2011年1月
    バリー・フラナガン
    《ボウラー》
  • 上村松園《汐くみ》
    2010年12月
    上村松園
    《汐くみ》
  • 今井俊満《黄葉賀(もみじの賀)》
    2010年11月
    今井俊満
    《黄葉賀(もみじの賀)》
  • 小出楢重《支那寝台の裸女》
    2010年10月
    小出楢重
    《支那寝台の裸女》
  • 福田平八郎《漣》
    2010年9月
    福田平八郎
    《漣》
  • 広瀬勝平《欧州風景》
    2010年8月
    広瀬勝平
    《欧州風景》
  • ウンベルト・ボッチョーニ《街路の力》
    2010年7月
    ウンベルト・ボッチョーニ
    《街路の力》
  • 今井祝雄《白のセレモニー HOLES #5》
    2010年6月
    今井祝雄
    《白のセレモニー HOLES #5》
  • 菊畑茂久馬《ルーレット》
    2010年5月
    菊畑茂久馬
    《ルーレット》
  • 佐伯祐三《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》
    2010年4月
    佐伯祐三
    《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》
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