今月の1点

大阪新美術館建設準備室が収蔵する作品の中から、展示中・貸出中のものを中心に毎月1点選び、作品解説などとともに紹介しています。
(所蔵者表記のないものはいずれも、大阪新美術館建設準備室所蔵作品です)

9月の1点

リオネル・ファイニンガー 「ヴァイマール国立バウハウスの創立宣言とプログラム」のための木版画

リオネル・ファイニンガー (1871–1956)
「ヴァイマール国立バウハウスの創立宣言とプログラム」のための木版画

1919年 木版、紙 16.4×20.3cm

 二つ折りリーフレットの4頁の内の一頁に、何の気なしに印刷されたようなこの版画が、後にこれほどまでに多く再印刷されようとはこのとき誰が想像していたでしょうか。1919年当初の発表以来、デザイン、建築、美術の歴史を語る際に必ず引き合いに出されるこの版画が、バウハウス創設を告げる宣言文とともに掲載された歴史上メルクマールとなる一枚だったことは紛れもない事実であり、歴史資料として価値が高いことは疑いようがありません。と同時に、この版画が版画として、さりげない一枚の小さな平面作品であるにも関わらず、バウハウス創設期の歴史的、思想的、文化的雰囲気を、瞬間的に幾重にも伝える力を持っているがゆえに様々な解釈の余地を多分に含んでいるということが、その重要性を高めているもうひとつの理由であるように思われます。

 尖った線、鋭角や正三角形に近い三角形、下から上へと上昇するマンガのコマ割りの「効果線」のような背景、三つの星とそこから四方へ拡がる放射線と共に、後に「社会主義の大聖堂」「未来の大聖堂」「カテドラル」などと名付けられる所以となったモチーフが、この作品のグラフィックの中心を構成しています。しかし、そうした表現以上に、画面全体に見られるきらきらとした光の感覚とその光を透過するプリズムのような造形が、何より第一にこの作品の特徴として挙げられるでしょう。この光とプリズムの理由を辿るには、ヴァルター・グロピウス(1883-1969)からブルーノ・タウト(1880-1938)、ブルーノ・タウトから詩人パウル・シェーアバルトの著書「ガラス建築」(1914年)まで、まずは5年を遡る必要があります。シェーアバルトはこの著書の中で、未来の建築は、太陽や月、星の光をガラスの壁から建築内部に導き入れることを可能にすると述べ、ガラスの建築が新しい文化をもたらすとし、このテクストをタウトに献呈、タウトは、ケルン工作連盟博覧会(1914年)でこのテクストを読み込んだガラスのパヴィリオンを発表しました。

 グロピウスも参加したこの博覧会では、タウトやアンリ・ヴァンド・ヴェルド(1863-1957)の表現主義的志向とグロピウスやペーター・ベーレンス(1868-1940)の規準形式を容認する立場との二傾向に出品作は分かれましたが、この後、この二つの傾向が合わさる時がやってくることになります。それは、1918年11月に起こったドイツ革命を機にタウトとアドルフ・ベーネ(1885-1948)によって設立された芸術労働評議会においてであり、この会で、他ならぬグロピウスが会の代表に就任、タウトはグロピウスに、ドイツ表現主義の拠点「シュトゥルム画廊」で1917年に個展を開催するなど表現主義の作家として活躍しタウトと共に「ガラス建築」から影響を受けていたファイニンガーを引き合わせます。ファイニンガーとグロピウスの出会いは、表現主義的なものと規準主義的なもの、芸術と工学、絵画や彫刻と建築など異なる諸要素の融合であり、この後このことがバウハウスの理念形成の礎となっていくことになりました。

 グロピウスのバウハウス宣言は、芸術労働評議会のメンバーの内5名が集まって1919年4月に開催した「無名建築家展」に寄せた序文と同じで、同年同月にバウハウス宣言も発表されています。ここには、絵画、彫刻などの芸術制作は手工業に戻るべきであり、手工業者の手によって全ての芸術の最終目標である建築が創造されるべきであること、手工業者と芸術家の間に階級を設けないこと、手工業者によるギルドを結成することが理想として掲げられています。バウハウス(Bauhaus)という名称は、中世の石工小屋「バウヒュッテ(Bauhütte)」を意図的に想起させる造語で、グロピウス自らが認可を渋る州政府を説得して命名したものであり、その名のとおり中世のような階級差のないユートピア社会を理想としたものでした。しかしながら、ドイツ革命は座礁し、バウハウスの手工業の理想も1922年頃には社会的、経済的状況を踏まえた世論に従って大量生産との折衷へと方向転換し、これを機にヨハネス・イッテン(1888-1967)はグロピウスと袂を別つことを決意してバウハウスを去り、ほどなくファイニンガーも教授の立場を降りて、バウハウスにおける表現主義的色合いは姿を消していきます。

 このファイニンガーの作品における横溢する光は、タウトのガラスのパヴィリオンに読み込まれたシェーアバルトのガラス建築の予言、グロピウスが主導したガラスとコンクリートによる新建築の時代の到来、ドイツ革命を背景とした社会主義的ユートピア思想、ドイツの歴史を遡ったところにある中世のゴシック建築、同じ時代におけるギルド社会による手工芸技術、バウハウスにおける芸術と工学の融合など、数々の理想のきらめくような飛沫の交錯だったのかもしれません。時は奇しくも、長い冬を終えて迎えた1919年の光溢れる春。

(主任学芸員 平井直子)

☆「ヴァイマール国立バウハウスの創立宣言とプログラム」のための木版画は、10月8日(月・祝)まで京都国立近代美術館で開催中の「バウハウスへの応答」展に展示されています。

今月の1点バックナンバー

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平成30(2018)年度のバックナンバー

  • 宇佐美圭司《流出》
    2018年8月
    松岡寿
    「天地開闢(かいびゃく)」下絵
  • 宇佐美圭司《流出》
    2018年7月
    宇佐美圭司
    《流出》
  • 三露千鈴《ほたる籠》
    2018年6月
    三露千鈴《ほたる籠》
  • 吉原治良とファッション
    2018年5月
    吉原治良とファッション
  • 上山二郎《静物》
    2018年4月
    上山二郎《静物》

平成29(2017)年度のバックナンバー

  • ルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》
    2018年3月
    ルネ・マグリット
    《レディ・メイドの花束》
  • 木村茂  吉田健一『交遊録』 装画集
    2018年2月
    木村茂
    吉田健一『交遊録』
    装画集
  • 田川覚三 《かりうど》
    2018年1月
    田川覚三
    《かりうど》
  • ヴァルター・ペーターハンス 《死せる兎(箔のある静物)》
    2017年12月
    ヴァルター・ペーターハンス
    《死せる兎(箔のある静物)》
  • 白髪一雄《ミスター ステラ》
    2017年11月
    白髪一雄
    《ミスター ステラ》
  • ピエール・ボナール《散歩》
    2017年10月
    ピエール・ボナール
    《散歩》
  • 辻富芳《ことり》
    2017年9月
    辻富芳
    《ことり》
  • アルベルト・ジャコメッティ《鼻》
    2017年8月
    アルベルト・
    ジャコメッティ
    《鼻》
  • 佐伯祐三《ノートルダム(マント=ラ=ジョリ)》
    2017年7月
    佐伯祐三
    《ノートルダム(マント=ラ=ジョリ)》
  • 北野恒富《摘草》
    2017年6月
    北野恒富
    《摘草》
  • ハンス・ヒルマン 映画『ミュリエル』ポスター
    2017年5月
    ハンス・ヒルマン
    映画『ミュリエル』ポスター
  • 石崎光瑤《白孔雀》
    2017年4月
    石崎光瑤
    《白孔雀》

平成28(2016)年度のバックナンバー

  • マルセル・ブロイヤー《肘掛け椅子B3〈ヴァシリー〉》
    2017年3月
    マルセル・ブロイヤー
    《肘掛け椅子B3〈ヴァシリー〉》
  • 持田総章《LOCATION FLOW-1(刃による版)》
    2017年2月
    持田総章
    《LOCATION FLOW-1(刃による版)》
  • 泉茂《闘鶏》
    2017年1月
    泉茂
    《闘鶏》
  • 山田正亮《Work C-57》
    2016年12月
    山田正亮
    《Work C-57》
  • 吉原治良《インターナショナル・スカイ・フェスティバル下絵》
    2016年11月
    吉原治良
    《インターナショナル・スカイ・フェスティバル下絵》
  • 吉原治良《朝顔の女》
    2016年10月
    吉原治良
    《朝顔の女》
  • 佐伯祐三《K氏の顔〈スケッチ〉》
    2016年9月
    佐伯祐三
    《K氏の顔〈スケッチ〉》
  • 藤田金之助《ロシナンテとダップルの合唱》
    2016年8月
    藤田金之助
    《ロシナンテとダップルの合唱》
  • 鷲見康夫《作品》
    2016年7月
    鷲見康夫
    《作品》
  • 北野恒富《思出》
    2016年6月
    北野恒富
    《思出》
  • 慈雲飲光《不能損一毛》
    2016年5月
    慈雲飲光
    《不能損一毛》
  • 前田藤四郎《南の国(原画)》
    2016年4月
    前田藤四郎
    《南の国(原画)》

平成27(2015)年度のバックナンバー

  • 小石清《クラブ石鹸》
    2016年3月
    小石清
    《クラブ石鹸》
  • オーブリー・ビアズリー『イエロー・ブック』のポスター
    2016年2月
    オーブリー・ビアズリー
    『イエロー・ブック』のポスター
  • 林重義《猿と子供》
    2016年1月
    林重義
    《猿と子供》
  • 武部白鳳《雨樹栖鷲図》
    2015年12月
    武部白鳳
    《雨樹栖鷲図》
  • 村上華岳《雲上散華之図》
    2015年11月
    村上華岳
    《雲上散華之図》
  • 《上衣》
    2015年10月
    《上衣》
  • 《インド更紗》
    2015年9月
    《インド更紗》
  • 吉原治良《菊(ロ)》
    2015年8月
    吉原治良
    《菊(ロ)》
  • 正延正俊《作品》
    2015年7月
    正延正俊
    《作品》
  • ヘリット・トーマス・リートフェルト 肘掛け椅子《レッド・ブルーチェア》
    2015年6月
    ヘリット・トーマス・
    リートフェルト
    肘掛け椅子
    《レッド・ブルーチェア》
  • 菅井汲《風の神》
    2015年5月
    菅井汲
    《風の神》
  • 松原三五郎《老媼夜業の図》
    2015年4月
    松原三五郎
    《老媼夜業の図》

平成26(2014)年度のバックナンバー

  • 菊池契月《婦女》
    2015年3月
    菊池契月
    《婦女》
  • 中村真《MOTION》
    2015年2月
    中村真
    《MOTION》
  • 前田藤四郎《日時計》
    2015年1月
    前田藤四郎
    《日時計》
    (版画誌『羊土』第1集より)
  • テオフィール・アレクサンドル・スタンラン《バレエ「夢」国立音楽アカデミー》
    2014年12月
    テオフィール・アレクサンドル・スタンラン
    《バレエ「夢」国立音楽アカデミー》
  • ジュゼッペ・アルチンボルド《ソムリエ(ウェイター)》
    2014年11月
    ジュゼッペ・
    アルチンボルド
    《ソムリエ(ウェイター)》
  • 岡田三郎助《甲州山中湖風景》
    2014年10月
    岡田三郎助
    《甲州山中湖風景》
  • 高橋成薇《秋立つ》
    2014年9月
    高橋成薇
    《秋立つ》
  • 国枝金三《中之島風景》
    2014年8月
    国枝金三
    《中之島風景》
  • 堂本尚郎《集中する力》
    2014年7月
    堂本尚郎
    《集中する力》
  • 高橋秀《華やぎ》
    2014年6月
    高橋秀
    《華やぎ》
  • 岸田劉《代々木附近》
    2014年5月
    岸田劉生
    《代々木附近》
  • 島成園《祭りのよそおい》
    2014年4月
    島成園
    《祭りのよそおい》

平成25(2013)年度のバックナンバー

  • 北野恒富《淀君》
    2014年3月
    北野恒富
    《淀君》
  • エル・リシツキー《ふたつの四角について:六つの構成におけるシュプレマティストの物語》
    2014年2月
    エル・リシツキー
    《ふたつの四角について:六つの構成におけるシュプレマティストの物語》
  • レイモン・デュシャン=ヴィヨン《大きな馬》
    2014年1月
    レイモン・デュシャン=ヴィヨン
    《大きな馬》
  • 土田麦僊《聖グレゴリオの石段》》
    2013年12月
    土田麦僊
    《聖グレゴリオの石段》
  • 竹内栖鳳《惜春》》
    2013年11月
    竹内栖鳳
    《惜春》
  • 吉原治良《作品》
    2013年10月
    吉原治良
    《作品》
  • 前田藤四郎《屋上運動》
    2013年9月
    前田藤四郎
    《屋上運動》
  • 山口晃《大阪市電百珍圖》
    2013年8月
    山口晃
    《大阪市電百珍圖》
  • 横手貞美《ローズリー別荘 ヴェトゥイユ》》
    2013年7月
    横手貞美
    《ローズリー別荘 ヴェトゥイユ》
  • 河野芳夫《人間プレス-A》
    2013年6月
    河野芳夫
    《人間プレス-A》
  • 小出楢重《裸女の3》
    2013年5月
    小出楢重
    《裸女の3》
  • ジュール・パスキン《サロメ》
    2013年4月
    ジュール・パスキン
    《サロメ》

平成24(2012)年度のバックナンバー

  • 田中敦子《作品》
    2013年3月
    田中敦子
    《作品》
  • 杉本博司《アル・リングリング、バラブー》
    2013年2月
    杉本博司
    《アル・リングリング、バラブー》
  • 白隠慧鶴《大黒天曼荼羅》(鼠大黒)》
    2013年1月
    白隠慧鶴
    《大黒天曼荼羅》(鼠大黒)
  • コロマン・モーザー《肘掛け椅子》
    2012年12月
    コロマン・モーザー
    《肘掛け椅子》
  • 三露千鈴《殉教者の娘》》
    2012年11月
    三露千鈴
    《殉教者の娘》
  • 靉光《花(アネモネ)》
    2012年10月
    靉光
    《花(アネモネ)》
  • 森村泰昌《淀君》
    2012年9月
    森村泰昌
    《肖像(ファン・ゴッホ)》
  • オットー・ヴァーグナー《四段食器棚》
    2012年8月
    オットー・ヴァーグナー
    《四段食器棚》
  • 『山本發次郎氏蒐蔵 佐伯祐三画集』
    2012年7月
    『山本發次郎氏蒐蔵 佐伯祐三画集』
  • 佐伯祐三《サン・フランチェスコ聖堂》
    2012年5月
    佐伯祐三
    《サン・フランチェスコ聖堂》
  • 佐伯祐三《パリ15区街》
    2012年4月
    佐伯祐三
    《パリ15区街》

平成23(2011)年度のバックナンバー

  • 靉嘔《ヴィーナス・オヴ・ミロ》
    2012年3月
    靉嘔
    《ヴィーナス・オヴ・ミロ》
  • 花和銀吾《複雑なる想像》
    2012年2月
    花和銀吾
    《複雑なる想像》
  • 高村光雲《砥草刈》
    2012年1月
    高村光雲
    《砥草刈》
  • チャック・クロース《ジョー》
    2011年12月
    チャック・クロース
    《ジョー》
  • 小出楢重《銀扇》
    2011年11月
    小出楢重
    《銀扇》
  • 佐伯祐三《カフェ・レストラン》
    2011年10月
    佐伯祐三
    《カフェ・レストラン》
  • 〔番外編〕高橋善丸のデザインによる、近代美術館コレクション展ポスター
    2011年9月
    〔番外編〕高橋善丸のデザインによる、近代美術館コレクション展ポスター
  • 今井俊満《パラパラ》
    2011年8月
    今井俊満
    《パラパラ》
  • 金森観陽《南蛮来》
    2012年7月
    金森観陽
    《南蛮来》
  • 児玉希望《群貝》
    2011年6月
    児玉希望
    《群貝》
  • 織田一磨《永代浜(『大阪風景』)》
    2011年5月
    織田一磨
    《永代浜(『大阪風景』)》
  • ポール・シニャック《アンティーブ、朝》
    2011年4月
    ポール・シニャック
    《アンティーブ、朝》

平成22(2010)年度のバックナンバー

  • 早川良雄《第3回デモクラート美術展》
    2011年3月
    早川良雄
    《第3回デモクラート美術展》
  • 池田遙邨《雪の大阪》
    2011年2月
    池田遙邨
    《雪の大阪》
  • バリー・フラナガン《ボウラー》
    2011年1月
    バリー・フラナガン
    《ボウラー》
  • 上村松園《汐くみ》
    2010年12月
    上村松園
    《汐くみ》
  • 今井俊満《黄葉賀(もみじの賀)》
    2010年11月
    今井俊満
    《黄葉賀(もみじの賀)》
  • 小出楢重《支那寝台の裸女》
    2010年10月
    小出楢重
    《支那寝台の裸女》
  • 福田平八郎《漣》
    2010年9月
    福田平八郎
    《漣》
  • 広瀬勝平《欧州風景》
    2010年8月
    広瀬勝平
    《欧州風景》
  • ウンベルト・ボッチョーニ《街路の力》
    2010年7月
    ウンベルト・ボッチョーニ
    《街路の力》
  • 今井祝雄《白のセレモニー HOLES #5》
    2010年6月
    今井祝雄
    《白のセレモニー HOLES #5》
  • 菊畑茂久馬《ルーレット》
    2010年5月
    菊畑茂久馬
    《ルーレット》
  • 佐伯祐三《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》
    2010年4月
    佐伯祐三
    《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》
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