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017 圓明寺(えんみょうじ)

2017年12月20日

ページ番号:32783

大阪の台所として有名な「黒門市場」が、明治時代に「圓明寺市場」と呼ばれていたことは、意外に知られていません。
江戸時代の文政年間、黒塗りの山門を構えた圓明寺が市場の西側にあり、その山門の前で魚商人らが市を出したのが起源といわれています。
しかし、明治45年の難波大火で寺院・山門ともに焼失しました。
その後、「圓明寺の黒い門」が市場の名前として引き継がれ、「黒門市場」と呼ばれるようになり、戦後「大阪の胃袋」として賑わい始め、年末には1日約15万人以上が買い物に訪れます。
一方、「圓明寺」は照ヶ丘矢田に移転し、現在に至っています。
この場所は西除天道川の川跡で、天道川(天井川)が磯歯津(しはつ)路(長居公園通)と交差する南側にありますので、旧西除川をたどってみようとする人たちの、目印にもなります。


 

圓明寺

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