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私が選んだ東淀川100選(31)~(40)

2019年2月14日

ページ番号:696

私が選んだ東淀川100選

(31)区役所出張所・東淀川図書館

区役所出張所・東淀川図書館/写真

 大正14年4月東淀川区創設時に、本区が本庄(現・北区)に、出張所が現在地に設けられて以来、区民の身近な役場として親しまれてきた。昭和55年4月には、東淀川図書館との合同庁舎に、装いも新たに生まれかわり、多くの区民に利用されている。(東淀川図書館は平成10年3月7日に、東淡路1丁目の東淀川屋内プール3階にオープン、移転。)。

(32)柴島城跡

柴島城跡/写真

 武将十河一存の築城と伝う。天文18年(1549)三好長慶がこの城を拠点とした。元和3年(1617)から6年間、智将稲葉紀通が居城として現在の柴島から南江口までの淀川べりを治めていたようで、廃城になったのはいつか不明である。

(33)柴島浄水場

柴島浄水場/写真

 淀川の水を飲料水にするため、大正3年に建設の日本有数の浄水場である。保健衛生上から自由に出入りはできないが、事前に申込めば見学できる。浄水場周辺の景観整備も進み、阪急京都線沿いの一部では、桜の通り抜けが楽しめる。

(34)柴島神社

柴島神社/写真

 貞永元年(1232)、近郷が大洪水にあった時、「仲哀天皇の森」と呼ばれていた当高台へ人々が避難していたところ、柴の束に乗った小社が漂着し、人々も助った為、以後、社を建てたのが最初という。柴島の名にゆかりあると伝える。御神刀は府指定文化財。

(35)源光寺

源光寺/写真

 浄土真宗本願寺派 山号は恵日山。天正12年(1584)教西(生澤源七郎)により、現在地に創建。
 昭和20年6月7日の戦災により、建物、仏具はほとんど焼失したが、喚鐘・六字名号軸・大鑿が残っている。

(36)小松公園

小松公園/写真

 源平合戦のころ、源氏の眼をのがれて当地に住む叔父を尋ねて来た平景清は、誤って叔父を殺してしまった。そしてここにあった池で涙ながらに血刃を洗ったと伝える。この池(涙池)のあとが当公園である。

(37)光照寺

光照寺/写真

 明応4年(1495)創建と伝える。山号「旅栖山」の由来は、平安末期西行法師が天王寺へ参詣のとき、ここの草庵に一夜の宿をとられ「旅栖庵」と名づけたいう。その後これに因み、室町時代に入り蓮如上人により山号となった。

(38)光台寺

光台寺/写真

 明治初年、当地に集議所として建築され、僧教正が布教道場として活用されていた。光台寺は天正6年(1578)現在の都島区に創建されたが、昭和20年の空襲により灰燼に帰した。その後、縁あって当所へ移転、現在に至っている。

(39)光宝寺

光宝寺/写真

 真宗佛光寺派に属し、本尊は阿弥陀仏である。行友山と号し、徳治2年(1307)、了智の開基である。宝暦の初め火災で焼失、宝暦10年(1760)本堂再建せられ、現在に至っている。

(40)光明寺

光明寺/写真

 寛文2年(1662)本山(東本願寺)法主、琢如上人に帰依した宗栄が、宗祖親鸞上人の教えを世間に広めようと、聞法道場である坊舎を建立したのが最初である。
 本尊 阿弥陀如来。
 
*平成2年秋改築。

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