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瑞光寺・雪鯨橋(ずいこうじ・せつげいきょう)

2009年3月16日

ページ番号:25984

東淀川区瑞光2丁目2-2
瑞光寺の写真

 瑞光寺は、聖徳太子の創建と伝えられ、三寶寺(さんぽうじ)の全盛時代に堂宇(どうう)のひとつに属した臨済宗の禅寺でしたが、建武年間(1334~1336年)の頃、火災に遭い建物が焼失しました。その後、寛永20年(1643年)に伊予の国の天然(てんねん)という臨済宗の僧がこの地に入り、観世音菩薩を本尊に白隠(はくいん)禅師を座主に迎え、指月寺(しげつじ)と名づけて復興しました。享保14年(1729年)、天然を継いだ2世住職北禅(ほくぜん)のとき、寺号を天然山瑞光寺と改め、それからは盛運をたどり、10世住職海印(かいいん)の頃には、本堂、書院、指月庵など境内1万坪の大寺院に発展しました。しかし、昭和20年(1945年)6月の大空襲で本尊の十一面観音を除いて、豪華な堂塔伽藍から寺宝一切を失いました。その後、昭和59年(1984年)に再建され現在に至っています。

雪鯨橋の写真

 瑞光寺の境内にある「弘済池(こうさいち)」には、ひときわ目を引く橋が架かっています。この橋は、全国にもここだけと思われる、鯨の骨でできた「雪鯨橋(せつげいきょう)」です。4世住職潭住(たんじゅう)が、宝暦6年(1756年)に南紀を行脚しているとき、太地浦(現在の和歌山県太地町)の漁師に不漁であったことから豊漁の祈念を請われました。潭住は「殺生は五戒の一つ」として断りましたが、ついに祈願に応じました。鯨がたくさん捕れたお礼として、30両と鯨骨18本が贈られましたが、潭住は鯨を供養し、すべての生き物を大切にするという祈りを込めて、この橋が作られたといわれています。現在の橋は5代目の橋で、昭和49年(1974年)に架け替えられたものですが、風化が激しく、平成18年に架け替えられる予定です。今もこの珍しい橋を身近に見ることができるのはうれしいことです。

(「広報ひがしよどがわ」平成16年7月号に掲載)

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