ページの先頭です
メニューの終端です。

逆巻地蔵(さかまきじぞう)

2018年2月6日

ページ番号:26560

東淀川区大桐5丁目4
逆巻地蔵の写真

 「逆巻地蔵」は、弘化3年(1846年)、豊里大橋付近の阪巻村(現在は淀川の川底になった場所)に建立されました。この場所は水流が激しく、帆を逆に巻かなければ転覆することから「逆巻の難所」と名付け、恐れられていました。幾度も船が難破し、数多くの犠牲者が出たため、慰霊と船便の安全守護を祈願して、この地蔵が建てられました。
 明治31年(1898年)、淀川改修のころ、観仏寺の住職が、緋の衣を着た僧を背負って観仏寺に着いたところ、僧が地蔵に変わっていたという夢を見て、きっと工事で動かされる地蔵がここにいたいと夢告されたのだろうと考え、観仏寺が引き取り安置しました。このとき、地蔵の下から犠牲者の戒名を書いた石が、80近くも出てきたそうです。

逆巻地蔵の写真

 その後、大正12年(1923年)、住職の娘さんが地蔵が表通りに出たいと訴える夢を見て、現在の場所に安置されたといわれています。
 六角の台石に座る蓮台をいれて1.6メートルもある大きな地蔵で、太く垂れた眉、小さい顔は、満面に慈悲をたたえています。

(広報「ひがしよどがわ」平成14年8月号に掲載)

探している情報が見つからない