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報道発表資料 豊臣石垣(昭和34年発見)を一日公開します

2016年11月14日

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 本件については、平成28年11月14日17時に一部訂正しております。別途訂正発表をご参照ください。

問合せ先:経済戦略局観光部観光課(集客拠点担当)(06-6469-5154)

平成28年11月14日 14時発表

 大阪市では、大阪城エリアの観光拠点化にむけて、大坂夏の陣から400年を機に、豊臣秀吉が築いた初代大坂城の石垣を掘り起こして公開する「豊臣石垣公開プロジェクト別ウィンドウで開く」に取り組んでおり、豊臣石垣公開施設の整備に向けて、本プロジェクトをより深くご理解いただくため、平成28年11月19日(土曜日)に普段は非公開の、大阪城本丸広場にある昭和34年発見の豊臣石垣を一日限定で公開します。

 今回の一日限定公開は、昭和34年発見の豊臣石垣を公開し、地上から覗き込んでご覧いただきます。

実施日時

 平成28年11月19日(土曜日)13時から16時まで

実施場所

 大阪城本丸広場(大阪市中央区大阪城1-1

参加費

 無料

謎の石垣(豊臣石垣)について

 豊臣秀吉が築いた大坂城は、現在の大阪城の地下に埋まっています。

 この事実が明らかになるきっかけになったのが、昭和34年(1959年)に始められた大坂城総合学術調査で、本丸のある地点を掘り下げたところ、地下約7.3メートル付近から火災の痕跡の残る石垣が発見されました。

 ただしその時は「この石垣は豊臣時代のもの」という結論には至らず「謎の石垣」と呼ばれていました。しかしその後に調査研究が進み、研究者の間では「これこそが豊臣時代の石垣だ」という確信が深まっていきます。

 そうした中、昭和59年から60年にかけて行われた金蔵東の発掘調査により、地下から「謎の石垣」以来となる大規模な石垣遺構が検出され、この石垣と「謎の石垣」、そして豊臣時代大坂城本丸絵図の比較により、地下石垣がいずれも豊臣時代の石垣で間違いなく、今の大阪城の石垣が全て徳川幕府再築時のものであり、豊臣時代の大坂城は地下に眠っているという事実が確定しました。

 昭和34年に発見された豊臣石垣は、地上から覗き込んでご覧いただけるように「井戸」状に保存していますが、普段は安全のため非公開となっています。

「謎の石垣」調査風景

「謎の石垣」調査風景
この石垣を一日限定で公開し、地上から覗き込んでご覧いただきます
写真提供:大阪城天守閣

昭和59年に発見された詰の丸石垣

昭和59年に発見された詰の丸石垣
写真提供:大阪文化財研究所

昭和34年発見の豊臣石垣が保存された「井戸」の外観

昭和34年発見の豊臣石垣が保存された「井戸」の外観

取材について

 取材・撮影をご希望の際は、大阪市経済戦略局観光課(06-6469-5164)にご連絡ください。(平日9時から17時30分まで)

 大阪城公園は車両乗り入れ禁止となっています。公共交通機関を利用のうえ、来場してください。

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