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「豊国踊りでええじゃないか」を開催します

2017年6月30日

ページ番号:404582

 大阪城天守閣は、平成29年8月12日(土曜日)に「豊国踊りでええじゃないか」を開催します。

 慶長9年(1604年)、豊臣秀吉の七回忌に京都の町衆は町組ごとに揃いの衣装で「豊国踊り」の群舞を捧げ、秀吉を偲びました。10年後、大坂冬の陣と夏の陣の間には、世情の不安を吹き飛ばそうと、各地で群衆が乱舞し、「伊勢踊り(いせおどり)」と呼ばれました。

 さらに時は流れて250年後、幕末にも同様の事象が生じます。天から伊勢神宮の神札(おふだ)が降り、日本中が踊り狂った「ええじゃないか」です。

 本イベントでは、復元から3年目となる「豊国踊り」の披露とともに、「ええじゃないか」の再現パフォーマンスを行い、大坂の陣、幕末・維新という二つの激動の時代を民衆のエネルギッシュな「踊り」でつなぎます。

1.開催概要

(1)日時

平成29年8月12日(土曜日) 18時から19時30分まで

(2)場所

(3)参加費

無料 ただし、天守閣入館の際は入館料が必要

大人600円 中学生以下、大阪市在住65歳以上の方(要証明)、障がい者手帳等ご持参の方は無料

(4)主催

大阪城天守閣

「豊国踊り」とは

 豊臣秀吉は、慶長3年(1598年)8月18日、62年の生涯を閉じますが、死に臨んで自らが神として祀られることを望み、翌慶長4年(1599年)4月17日に朝廷から「豊国大明神(とよくにだいみょうじん)」の神号が贈られました。

 秀吉の七回忌にあたる慶長9年(1604年)8月には、14日から19日までの6日間にわたって、京都・豊国神社(とよくにじんじゃ)で盛大な祭礼が行われましたが、この内の14日と15日の2日が「豊国臨時祭礼(ほうこくりんじさいれい)」で、そのクライマックスが、8月15日の「豊国踊り」でした。

 「豊国踊り」は、京都の上京から3組、下京から2組が出て、各組300名構成、総計1500名もの京都市民が参加し、各組ともそれぞれお揃いの衣装を着て、工夫を凝らした造り物を出しました。その様子は、太田牛一(おおたぎゅういち)の『豊国大明神臨時御祭礼記録(とよくにだいみょうじんりんじごさいれいきろく)』に克明に記録され、京都・豊国神社と名古屋・徳川美術館に所蔵される2種類の「豊国祭礼図屏風(ほうこくさいれいずびょうぶ)」(いずれも国指定重要文化財)に生き生きと描かれています。

 平成27年に大坂の陣400年プロジェクトの一環として、こうした文献・絵画史料などをもとに、歴史・芸能史・風俗史などの面から「豊国踊り」の学術的な再現が行われました。同年夏には、踊りの再現にご協力いただいた宝塚歌劇団OG・OSK日本歌劇団OGによるお披露目の後、当日ご来城の皆様にもご参加いただき、大阪城天守閣の「豊国踊り」が始まりました。大阪城天守閣の「豊国踊り」は今年で3回目の夏を迎えますが、この間に「豊国踊り」は大阪城以外でも行われるようになり、大阪の新たな風物詩として定着しつつあります。

「伊勢踊り」とは

 慶長9年(1604年)に行われた「豊国踊り」は、室町時代に流行した風流(ふりゅう)(風流踊りとも言われている)の一種で、「京躍(きょうおどり)」とも呼ばれました。

 慶長19年(1614年)から20年(1615年)にかけて、ちょうど大坂冬の陣の講和から大坂夏の陣勃発までの間、束の間の平和が訪れた時期に「伊勢躍(いせおどり)」と呼ばれる風流が大流行します。

 この「伊勢躍」は、伊勢神宮の神様が空を飛んで行くのを見たという人が多数現れたことを機に始まったもので、伊勢から始まった民衆の乱舞は次々と広がり、徳川幕府がたびたび制止してもいっこうに治まる気配はなく、徳川家康の居城がある駿府(静岡市)を越えて、瞬く間に奥州(東北地方)にまで達しました。制御不能な民衆のエネルギーは、徳川家康に豊臣家以上の恐怖感を抱かせたかもしれません。

「ええじゃないか」とは

 「伊勢踊り」から250年経った慶応3年(1867年)7月14日、三河国牟呂村(みかわのくにむろむら)(愛知県豊橋市牟呂町)で伊勢神宮の神札が降り、その後も牟呂村や隣の羽田村(はだむら)(豊橋市花田町)、吉田城下(豊橋市中心部)、また近郊の村々で次々と神札が降るようになりました。人々はこれを祝い、揃いの法被(はっぴ)を着て「お蔭踊り(おかげおどり)」をし、酒を振る舞いました。これが「ええじゃないか」の始まりで、「ええじゃないか」という呼称は、「ええじゃないか、ええじゃないか」と囃しながら踊ったことに由来します。

 江戸時代にはおよそ60年に一度、伊勢神宮に集団参拝する「お蔭参り」が行われましたが、伊勢に赴く「お蔭参り」に対し、村落内の産土社(うぶすなしゃ)(鎮守)で揃いの衣装を着て踊りを奉納し、村落内外を踊り歩くのが「お蔭踊り」です。

 三河国牟呂村に端を発した「ええじゃないか」は、東海道・中山道といった街道つたいに村から村へと伝播し、東は江戸、西は広島まで到達しました。京・大坂では10月にピークを迎えました。ちょうど最後の将軍徳川慶喜による朝廷への大政奉還が慶応3年10月14日でしたので、それと重なり、「ええじゃないか」の熱狂は最高潮に達しました。

 大阪市鶴見区放出東の阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)境内には大阪市内唯一の「お蔭燈籠(おかげどうろう)」が立っています。「お蔭燈籠」は「お蔭参り」の記念に建てられるものですが、「慶応四年戊辰三月」の銘文が刻まれた阿遅速雄神社の「お蔭燈籠」は前年の「ええじゃないか」の熱狂を承けて建立されたものではないかと考えられています。

 ちなみに、「ええじゃないか」が始まった慶応3年7月14日の「7月14日」は旧暦で、これを新暦になおすと「8月13日」になります。奇しくも本イベントは「ええじゃないか」が始まってちょうど150年という節目に開催することになります。
豊饒御廕参之図(ほうねんおかげまいりのず)の画像(兵庫県立歴史博物館蔵)
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豊饒御廕参之図(ほうねんおかげまいりのず)(兵庫県立歴史博物館蔵)

阿遅速雄神社の「お蔭燈籠」の画像(大阪市鶴見区放出東)
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阿遅速雄神社の「お蔭燈籠」(大阪市鶴見区放出東)

2.イベント内容

(1)豊国踊り

踊りの披露と総踊りを行います。簡単なレクチャーもありますので、当日ご来城の皆様もご参加いただけます。

  • 作・演出:茂山千三郎(大蔵流狂言師)
  • 考証:橋本裕之(追手門学院大学地域創造学部教授)
  • 音楽:藤舎貴生
  • 振付:山村友五郎(上方舞 山村流六世宗家)
  • 企画・監修:北川央(大阪城天守閣館長)
  • 出演:宝塚歌劇団OG、OSK日本歌劇団OG

〈宝塚歌劇団OG〉

  • 朝宮真由(あさみやまゆ)
  • 麻園みき(あさぞのみき)
  • 真於夏希(まおなつき)
  • 美乃杏花(よしのきょうか)
  • 涼葉らんの(すずはらんの)
  • 綺華れい(あやかれい)
  • 紫友みれい(しゆうみれい)

〈OSK日本歌劇団OG〉

  • 美砂まり(みさごまり)
  • 月川夏緒(つきかわなつお)
  • 美郷いつき(みさといつき)
  • 紫穂まいか(しほまいか)
  • 河合祥子(かわいしょうこ)
  • 貴城優希(たかしろゆうき)
  • 蒼音淳(あおとじゅん)
豊国踊りの様子
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豊国踊り

(2)歴史再現パフォーマンス「ええじゃないか」

 「ええじゃないか」の踊りと大阪城天守閣特製の“御札(おふだ)”を降らせるパフォーマンスを行います。“御札”は記念にお持ち帰りいただけます。

出演:東西屋

(3)トークショー「豊国踊りでええじゃないか」

 大坂冬の陣と夏の陣の間に起こった「伊勢踊り」。幕末の「ええじゃないか」。どうして人々は世が乱れると踊るのでしょうか?

 「豊国踊り」「伊勢踊り」「ええじゃないか」の内容をわかりやすく解説するとともに、それぞれの世相との関係性についても考えます。

出演:林幸治郎(東西屋代表)、北川央(大阪城天守閣館長)

3.その他

  • イベント内容は予告なく変更または中止になる場合がございます。
  • 荒天の場合は中止いたします。天候不良の際は大阪城天守閣までお問い合わせください。
  • イベントの詳細は大阪城天守閣公式ホームページにも記載いたします。

4.開館延長

夏の間、大阪城天守閣は開館時間をいつもより延長します。

  • 2時間延長

   平成29年7月22日(土曜日)から平成29年8月20日(日曜日)まで 9時から19時まで

  • 1時間延長

   平成29年8月21日(月曜日)から平成29年8月27日(日曜日)まで 9時から18時まで

   ※いずれも入館は閉館の30分前まで

問合せ先

大阪城天守閣

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