ページの先頭です

重要文化財 大阪城の櫓YAGURA特別公開

2018年12月5日

ページ番号:454479

 大阪城では、大阪城の櫓YAGURA特別公開と題して、平成31年3月2日(土曜日)から平成31年11月24日(日曜日)まで、重要文化財の古建造物(多聞櫓[たもんやぐら]・千貫櫓[せんがんやぐら]・焔硝蔵[えんしょうぐら])の長期特別公開を実施します。今回からは、より一層海外からのお客様にも注目していただけるよう、事業タイトルにローマ字表記を追加しました。

 「大坂の陣」ののち、大坂城(大阪城)は徳川幕府によって築き直され、幕府の西国支配の拠点となりました。城内には天守をはじめ御殿・屋敷・櫓・蔵など様々な種類の建物が並んでいましたが、明治維新の動乱にともなって起きた大火、第二次大戦における空襲などにより多くの建物が焼失しました。今回特別公開する多聞櫓・千貫櫓・焔硝蔵は、こういった災禍をくぐり抜けて今日まで残った貴重な建造物です。

 また今回、現存する古建造物を体感していただくだけでなく、失われた櫓にも注目します。見学コース上に設置している解説パネル等の見直しに加え、パンフレットと櫓マップを新たに作成し、かつて大坂城内にあった櫓についての情報量を増やしてわかりやすくお伝えします。

 徳川時代、大坂城の櫓はその数や規模において他の城を圧倒していました。今回の公開を機に、大阪城の櫓の特徴や役割を改めて見直し、大阪城の豊かな歴史に触れていただきたいと考えています。

開催概要

1.公開日

平成31年3月2日(土曜日)から平成31年11月24日(日曜日)まで

(原則、期間中の土曜日・日曜日・祝日限定公開。ただし春・夏休みの下記の期間中は連日公開)

  • 春の連日公開:平成31年3月23日(土曜日)から平成31年4月14日(日曜日) (注)定休なし
  • 夏休み連日公開:平成31年7月20日(土曜日)から平成31年8月31日(土曜日) (注)月曜日定休
(注)西の丸庭園整備等により臨時休止する場合がございます。詳しくは、大阪城パークセンターホームページ別ウィンドウで開くにてご確認ください。

2.時間

10時から16時30分まで(チケット販売終了15時30分 最終入場16時)

3.入場料

(1)櫓共通券(多聞櫓・千貫櫓・焔硝蔵、3棟分の入場料)

  • 大人(高校生以上) 700円
  • 小人(中学生以下) 300円

(注)未就学児、障がい者手帳等ご持参の方は無料

(2)セット券(3棟+大阪城天守閣入館料) 

  • 大人(高校生以上) 1,200円

(注)セット券の小人料金はありません。

(3)団体割引(30名以上)

  • 大人(高校生以上) 600円

(注)小人の団体割引はありません。

4.チケット売場

5.特別公開する重要文化財

(1)多聞櫓(たもんやぐら)

 大手口桝形(おおてぐちますがた)の石垣の上に建ち、二の丸への出入口となる大門を組み込んだ構造をしている。

 多聞櫓とは、塁上に築く細長い長屋状の櫓を指す形式の名称で、由来は、松永久秀(1510年~1577年)の居城である大和国の多聞城において、初めてこの形式の櫓が築かれたことによると言われている。

 大阪城の多聞櫓は寛永5年(1628年)に創建され、天明3年(1783年)に落雷で焼失したが、嘉永元年(1848年)に再建、昭和44年(1969年)に解体修理が行われ、現在に至っている。

 構造は、大門をまたいで東西方向に立つ渡櫓と、その東端部から直角に折れ曲がって南へ伸びる続櫓からなり、渡櫓には、板張りの部屋が3室続き、中央の部屋が一番広くて約70畳敷、両側の部屋は各々約50畳敷の大きさがある。続櫓には、西側(大手口に面した側)に銃眼を備えた笠石の並ぶ約2.7メートルの板張り廊下が真直ぐに伸び、その廊下に面して東側に9畳・12畳・15畳の部屋が合計6室並ぶ。

 なお、渡櫓には、大門の頭上に「槍落し」の装置があるが、これは敵の侵入に備えて設置されたもので、大門から進入しようとする敵を頭上から槍などを落として防御するためのものである。

  • 構造形式 矩折(かねおり)一重(一部楼門)、本瓦葺
  • 面積 710.25平方メートル
  • 重要文化財指定 昭和28年(1953年)6月13日
千貫櫓・多聞櫓の画像
別ウィンドウで開く

千貫櫓(左)・多聞櫓(右)

多聞櫓の内部
別ウィンドウで開く

多聞櫓(内部)

(2)千貫櫓(せんがんやぐら)

 大阪城の大手口を守る重要な隅櫓のひとつ。元和6年(1620年)に小堀政一(遠州)の設計監督のもとで創建されたもので、昭和34年(1959年)から実施した解体修理の際、土台の木材から「御はしら立 元和六年九月十三日」の墨書が見つかり、この櫓の柱立式の日が明確となった。現存の大阪城公園内の古建造物の中で、乾櫓とともに最も古いものである。

 千貫櫓は、かつて大阪の地にあった本願寺を織田信長軍が攻めた時、本願寺のある隅櫓からの横矢に悩まされ、「銭千貫文出しても取りたい櫓だ」と言わせたことから、後にこの櫓を人々が千貫櫓と呼ぶようになったと伝えられており、後世の櫓にも同じ名が引き継がれている。

 内部は、1階・2階とも回廊の内側に4室ずつの天井板張りの部屋がある。

  • 構造形式 二重二階、本瓦葺
  • 面積

1階 217.26平方メートル

2階 162.95平方メートル

延べ 380.21平方メートル

  • 重要文化財指定 昭和28年(1953年)6月13日

(注)小堀政一(遠州)〈1579年~1647年〉

 

江戸初期の大名、茶人。近江国の人。

豊臣氏のちに徳川氏に仕え、作事奉行・伏見奉行などを歴任。

遠江守であったので遠州と称した。茶道の遠州流の祖で、徳川家光の茶道師範。

和歌・書・生花・建築・陶磁・造園にも秀でた。

千貫櫓(内部)の画像
別ウィンドウで開く

千貫櫓(内部)

(3)焔硝蔵(えんしょうぐら)

 徳川幕府が、鉄砲や大砲に使用する焔硝(火薬)を保管した蔵で、現在の焔硝蔵は貞享2年(1685年)に建造されたもの。焔硝蔵はそれ以前にも城内に数か所あったが、青屋口にあった土蔵造りの焔硝蔵は万治3年(1660年)に落雷を受けて大爆発を起こし、また別の場所にあった半地下式の焔硝蔵も部材の腐食よる建て直しがたびたびなされるなど、幕府は焔硝の有効な保管方法に苦慮していた。

 そうした課題を克服すべく、この焔硝蔵では耐火・耐久・防水に特に工夫がこらされ、床・壁・天井・梁(はり)をすべて花崗岩(かこうがん)とし、石壁の厚さは約2.4メートル、屋根の下は土で固められている。面積は約171.90平方メートル、高さは約5.4メートルで、こうした石造りの火薬庫はわが国では他に例がない。

  • 構造形式 石造一重寄棟造、本瓦葺
  • 面積 171.90平方メートル
  • 重要文化財指定 昭和28年(1953年)6月13日
焔硝蔵の画像
別ウィンドウで開く

焔硝蔵

6. 問合せ先

大阪城パークセンター

7. 交通機関及び最寄り駅

Osaka Metro谷町線:谷町四丁目駅(1号-B出口)、天満橋駅(3号出口)

Osaka Metro中央線:谷町四丁目駅(9号出口)、森ノ宮駅(1号出口、3号-B出口)

Osaka Metro長堀鶴見緑地線:大阪ビジネスパーク駅(1号出口)、森ノ宮駅(3号-B出口)

JR大阪環状線:大阪城公園駅、森ノ宮駅

JR東西線:大阪城北詰駅

京阪電車:天満橋駅、京橋駅

大阪シティバス:大阪城大手前、馬場町

大阪水上バス:大阪城港、八軒家浜船着場

(注)いずれの駅からも徒歩約15分から20分

別ウィンドウで開く

探している情報が見つからない