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船津橋(ふなつばし)

2018年4月3日

ページ番号:26380

諸元・アクセス

船津橋写真

橋長:76.5m
幅員:24.0m
形式:桁橋(ゲルバー桁)
完成:昭和38年
行政区:北区
河川名:堂島川(旧淀川)
アクセス:OsakaMetro千日前線 玉川駅 
      6番出口 およそ550m 徒歩9分
      大阪シティバス「船津橋」「川口一丁目」


歴史・文化

 船津橋は元禄中期以降に架けられたものと思われる。湊橋は小倉藩の蔵屋敷のすぐ西側に架けられ、船津橋も中之島をはさんでほぼ同じ位置に架けられたが、のちに少し西側(下流側)、新しい築地のほぼ中央部と福島を結ぶ位置に移動されたものと思われる。

 江戸時代の橋の規模は「地方役手鑑」や「米商旧記」が詳しく、船津橋は四三間半一尺(86m)、幅員二間(3.9m)の規模をもっていた。

 明治18年の大洪水では大きな被害を受けた。堂島川では上流からの流材によって堂島大橋が落ち、船津橋は橋のかたちを残したまま下流へ流され、それらがすべて安治川橋に引っかかって水を塞き止める形になった。そのため、周辺の民家の被害が大きくなったと言われている。

 下中之島の橋が近代化されたのは市電事業によってである。大正5年に市電西野田線が中之島西端部で九条中之島線と連絡するようにつけられたが、この事業によって今までの船津橋のすぐ下流に新しい船津橋が大正3年に鋼桁橋で完成した。

 戦前から進行していた西大阪一帯の地盤沈下は戦後になってさらに拍車がかかり、台風時の高潮によって大きな被害を受けることとなった。このため戦後、高潮対策事業が実施されたが、この中で橋梁の嵩上げ工事も行われることとなった。下中之島の橋も昭和30~40年代に嵩上げや架け替えが行われている。船津橋も同時期に架け替えられ、橋長76.5m、幅員24.0mの三径間ゲルバー式鋼床版桁の橋になった。

 

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