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1864(元治元)年天保山台場(砲台)構築

2016年2月15日

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1864(元治元)年 天保山台場(砲台)構築

ディアナ号の来航により海岸防備の必要に迫られ、幕府は、1856(安政3)年には安治・木津川に4か所の台場(砲台)を築き、20席の砲艦(小型の軍艦)を配備するよう命じましたが、すぐに着手するには至りませんでした。

1864(元治元)年、幕府はようやく天保山の台場築造に着手し、樹木を伐採し、山を切り崩して台場(砲台)を築造しました。このことで風光明美な天保山は景観が一変し、軍事要塞になってしまいました。

錦絵「浪花百景」のうち天保山
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みおつくしの背後の平たい台が天保山砲台

大阪築港図(明治6年)
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砲台を築くためにすっかり形が変わってしまった天保山
大阪築港図(明治6(1873)年)大阪市中央図書館蔵

天保山砲台については、次のページからもご覧いただけます。

みなと物語 お城のドンは天保山砲台の大砲だった

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