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テクノポート大阪計画と当時の社会的経済的状況

[2007年1月7日]

1 国の動き

  1. 当時の社会的経済的状況

     昭和57年(1982年)頃、日本は、大幅な貿易黒字を計上し、逆に多額の貿易赤字を抱えるアメリカから貿易のインバランスを解消する施策をとるよう強く求められ、内需拡大や輸入促進を強力に進める必要に迫られていた。そして、昭和60年(1985年)のプラザ合意により円高・ドル安誘導と内需拡大が進められることになった。
     その後、日米の協調介入もあり、為替は急速に円高・ドル安方向に進んだ。政府は内需を拡大するため、低金利政策を進めてマネーサプライの増加をもたらす一方、規制緩和やビッグプロジェクトの推進など、地価や株価を刺激する政策を推し進めた。
     これにより、地価と株価が高騰し、日本企業の含み益が急拡大していくが、企業努力もあって、急速な円高・ドル安にもかかわらず、日本企業の国際競争力は低下せず、貿易黒字も減るどころか増え続け、いわゆるバブル経済期に入ることとなった。

  2. 政府による民活政策の推進

     内需拡大を進めるにあたっては、民間の資金力・経営力・技術力等の民間活力を用いて内需拡大に資するとともに、財政再建の途上にあり、公共投資の大幅な増加が期待できない国の財政状況のもとでは、政府としては、公共的な施策を推進するうえで民間活力の活用が不可欠になっていた。
     また、この時期は、マルチメディアがもてはやされる中で、特に通信関連の株価が高騰していた。
     このような中で、政府は3公社の民営化に代表される行財政改革を進めるとともに、次々と民活政策を打ち出した。民活政策の財源として活用されたのが、通信関連株価の上昇を背景にしたNTT株の売却益である。昭和62年(1987年)9月「日本電信電話株式会社の株式の売却収入の活用による社会資本の整備の促進に関する特別措置法」(いわゆるNTT法)が制定された。例えば、同法に基づくNTT−A型事業は、社会資本整備促進のための公共施設を第3セクターが国の無利子貸付金を借り受けて整備、施設は無償で施設管理者へ帰属、整備に要した費用を密接に関連する事業の収益をもって回収する制度で、第3セクターを利用するものである。このように、民活政策の中で特に中心的に推進されたのが第3セクターを利用した事業であり、日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)などを活用した各種の制度融資などにより、社会資本整備促進のための施設整備に無利子や低利子の貸付資金が投入された。
     民間の金融機関においても、大蔵省の指導もあり、民間事業者に対し不動産を担保に積極的に設備投資資金や土地融資資金を貸し付けた。

  3. 四全総(第四次全国総合開発計画)

     昭和62年(1987年)に、日本の21世紀の国土構造のあり方を展望する「四全総(第四次全国総合開発計画)」が策定されている。これは、多極分散型国土の形成を目指して、

    1. 定住と交流による地域の活性化
    2. 国際化と世界都市機能の再編成
    3. 安全で質の高い国土環境の整備

    を押し進めようというものであった。国土総合開発法に基づく最初の全国総合開発計画「一全総」(昭和37年(1962年))が拠点開発方式、続く「二全総」(昭和44年(1969年))が大規模プロジェクト方式、さらに「三全総」(昭和(1977年))が定住圏方式をとったのに対し、四全総は多極分散型国土の形成を目標とする交流ネットワーク方式を前面に打ち出している。

  4. 新しい近畿の創生計画(すばるプラン)

     また一方、東京圏一極集中傾向への代替案の1つとして、国土庁大都市整備局と近畿2府6県3政令指定都市による新近畿創生推進委員会が作成した「新しい近畿の創生計画(すばるプラン)」(昭和62年(1987年))が提案された。この「すばるプラン」には、「双眼型国土構造の確立に向けて」という副題がつけられている。プランの中核には、「国土の双眼構造を担う国際経済文化圏」の形成が据えられ、それは、関西国際空港を軸とする国際交流都市圏、アジア・太平洋地域とのつながりを生かした先導的経済圏、関西文化学術研究都市をはじめとする創造的文化圏といった3つの圏域構想の実現によって可能だとされている。このような世界を先導しうる経済・学術・文化の一大集積地としての関西国際文化圏を形成することによって、国土の双眼構造の一翼を担おうというのが、「すばるプラン」の基本的考え方である。
     その推進力として、関西国際空港、関西文化学術研究都市、テクノポート大阪などのプロジェクトが進められていくこととなる。そうした主要整備構想の筆頭には、「ベイ・トライアングル構想」(大阪湾・伊勢湾・若狭湾を近畿圏の開発先導拠点とする構想)が据えられていた。

2 大阪市の動き

  1. テクノポート大阪計画

     こういった状況のもとで、大阪市においては、平成元年(1989年)に市制施行100周年を控え、昭和58年(1983年)8月に市制100周年記念事業の一つとして「テクノポート大阪」計画を発表した。大阪市は、21世紀のマスタープラン策定のためその将来像の検討を進めていたが、国際化・情報化が進む中で新しい都心の形成を図ることとし、南港・北港の埋立地に着目した。これは、既成市街地の再開発などによって求めることが経済的に至難だったことによる。
     また、大阪市会においても、昭和59年(1984年)3月から昭和63年(1988年)3月にかけ、「テクノポート大阪」計画や「花博」などの大型プロジェクトを含む市制100周年記念事業について、大阪市の厳しい財政状況の中で21世紀を展望した新しいまちづくりに向け、民間活力の積極的な導入(民間資金の活用、容積率の緩和等の規制緩和、土地の信託制度の導入、NTTの売却益の活用)が議論されている。
     昭和60年(1985年)2月、21世紀に向けて先端技術・国際交易・情報通信の研究開発などの機能を集積する「テクノポート大阪」計画の基本構想を取りまとめたのを受け、昭和60年(1985年)10月に「テクノポート大阪」推進協議会が発足し、4回の協議会開催を経て、昭和63年(1988年)7月に「テクノポート大阪」基本計画が策定された。基本構想では民間活力の導入、基本計画では貿易センタービルの事業主体について第3セクターによる建設・運営が示されている。
     「テクノポート大阪」計画は、臨海部の埋立地(南港北・北港北・北港南)約775haにおいて、先端技術・国際交易・情報通信の3つの中核機能とともに、21世紀の都市核にふさわしい都市機能を集積することとし、開発の基本方向を

    1. 国際交易・技術・情報などの分野で国際的に貢献するサービス拠点、とりわけアジア・太平洋地域の交流拠点
    2. わが国における情報通信拠点及び先端的な都市づくりのモデル、また、近畿圏・西日本発展のリーディングゾーン
    3. 大阪湾岸地域(湾岸軸)の中央に位置する開発拠点、既存都心部や内陸部との連携(東西軸)による新しい都市圏構造の誘導拠点
    4. 大阪都心部の支援・補完拠点、臨海部活性化の戦略拠点

    と位置づけ、開発を進めることとした。これを受け、南港地区は、都心に近い「テクノポート大阪」の玄関口として国際交易機能などを中心に集積させ比較的高密度の開発を行うとともに、機能的に24時間対応のまちとした。

  2. 大阪市総合計画21とテクノポート大阪計画

     平成2年(1990年)10月、大阪市は「総合計画21」を策定した。これは、平成元年(1989年)に市制100周年を迎える中、21世紀を間近に控え、国際化・高齢化・情報化の急速な進展、関西国際空港・関西文化学術研究都市・大阪湾ベイエリア開発をはじめとする大規模プロジェクトの進行、さらに東京一極に対する多極分散型国土の形成や地球的規模の環境・都市問題の解決に向けた西日本の拠点としての大阪の役割の増大などに的確に対応する新しいまちづくり計画であり、大阪の都市構造を双眼型の都市構造とすることをめざし、臨海部に大阪の新たな都心を形成していくことと位置づけている。
     「大阪市総合計画21」における土地利用として「テクノポート大阪計画地」は、関西国際空港ともつながる広域的な湾岸軸上に位置しており、新しい都心の形成を図るよう業務・商業地と同様に高次な都市機能を集積させるとし、先端技術開発・国際交易・情報通信の機能を整備し、国際化・情報化に対応した24時間ゾーンの形成に努めることになっている。

  3. テクノポート大阪計画とコスモスクエア地区

     「テクノポート大阪」計画の先導的役割を担う地区として先端技術開発・国際交易・情報通信といった高次都市機能の集積を図ることを位置づけられた南港コスモスクエア地区には、市制100周年記念事業の一環として建設を進めていた大阪国際見本市会場(インテックス大阪)がコスモスクエア地区開発の先陣を切り昭和60年(1985年)5月にオープンして以後、「テクノポート大阪」計画のコンセプトに合う民間企業の誘致活動を進め、昭和61年(1986 年)にFA・ロボットメーカーのファナックが立地して以来、平成6年(1994年)まで1期埋立地の分譲は好景気の影響もあり順調に進んだ。また、昭和 63年(1988年)7月には情報発信基地として大阪テレポートが建設された。
     平成元年(1989年)12月、コスモスクエア地区の特性に応じた魅力あるまちづくりを推進し、開発を誘導できるよう「大阪南港コスモスクエア地区再開発地区計画」が都市計画決定され、容積率が300%から600%に変更になった。この背景の一つに、当時、アジア・太平洋トレードセンター(ATC)が、国による内需拡大や輸入促進の政策を推進する中で、すでに第3セクター方式で事業計画を進めつつあったことがある。


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大阪市市政改革室 再建監理担当

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