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加賀屋新田会所・加賀屋緑地

[2016年3月24日]

施設案内

加賀屋新田会所・加賀屋緑地

 この周辺の地域は、延享2年(1745年)、加賀屋甚兵衛によって干拓が開始されました。この埋立ては、その後数回にわけて北へ北へと拡張されていきます。これらの民間資力による開拓事業は、幕府の崩壊で終りますが、その間の開拓総面積は、今日の大阪市域のほぼ3分の1にもあたるものです。なお当地の会所建築は宝暦4年(1754年)のことです。小堀遠州流の築山林泉回遊式庭園や数寄屋風の建物が一部現存し、大正時代に「愉園」と名づけられ大阪名園の一つになっています。
 平成13年12月11日には、大阪市有形文化財・史跡に指定されています。

【場  所】 住之江区南加賀屋4-8(※地図をご覧の方は左の住所をクリックしてください)
【交  通】 地下鉄「住之江公園」駅下車徒歩15分・市バス「南加賀屋四丁目」下車徒歩5分
【休 園 日】 毎週月曜(当日が休日の場合はその翌日)、年末年始(12月28日~1月4日)
【開園時間】 10時~16時30分
【入 場 料】 無料
【問 合 せ】 06-6683-8151(管理事務所)

新田会所とは?

 大阪の歴史的発展を語る上で、江戸時代に行われた大和川の付け替えとその後の新田開発は非常に大きな役割を果たしています。たびたび氾濫を起こしていた大和川は、宝永元年(1704年)に流路をほぼまっすぐ西に向ける形で付け替えられました。この大事業は、今米村(現東大阪市)の庄屋・中甚兵衛らの嘆願により、幕府による直轄事業として、当初の見込みよりもはるかに短い約8カ月の期間で、延べ2百数十万人を動員して完成させました。

 このことを契機に、旧大和川の周辺や海岸部、内陸の浅瀬などを農地に変える新田開発が盛んに行われました。その際に新田開発の拠点となり、のちに小作人からの年貢米徴収・貯蔵や新田の堤防・水路などの維持管理業務、役人への応対などを行う場として「会所(かいしょ)」という管理事務所が設けられました。

 現在、大阪府下では、東大阪市の鴻池新田会所跡、八尾市の安中新田会所跡(旧植田家住宅)、大阪市住之江区の加賀屋新田会所跡の3つが公開されています。同一の府県内で3か所も遺構が公開され、実際に見て歩けるということは歴史的にも非常に意義深いことです。

 また、鴻池新田会所跡は国の重要文化財にも指定され、安中新田会所跡・加賀屋新田会所跡はそれぞれの市の文化財・史跡に指定されています。これらは、単に新田開発の遺構というだけでなく、江戸時代中期の趣深い古建築群や回遊式の庭園を備えるなど、新田開発を支えた豪商などの文化的志向なども垣間見える貴重な歴史景観を今に伝えています。

大阪府下の新田会所跡(リンク)

 鴻池新田会所跡別ウィンドウで開く(東大阪市・公開中)

 安中新田会所跡旧植田家住宅別ウィンドウで開く(八尾市・公開中)

  平野屋新田会所跡別ウィンドウで開く(大東市) 

※施設名をクリックすると、各施設のホームページにジャンプします。

 

住之江のまち案内ボランティアの会

 「住之江のまち案内ボランティアの会」は、地域住民や来訪者などを対象に加賀屋緑地、高燈籠や霰(あられ)松原などに代表される住之江区の見どころや歴史、自然などの案内活動に努め、住之江のまちの良さを知ってもらうことにより、住之江の地域振興に寄与することを目指し、平成15年から活動しているボランティアグループです。依頼による案内のほかにも、休日における加賀屋緑地での自主案内活動(毎週日曜・13時~16時)や案内レベルの向上をめざした勉強会等活発に活動しています。

案内活動のようす

加賀屋新田会所をはじめ、区内の名所・見どころをまち案内ボランティアが案内します

「住之江のまち案内ボランティア」による案内・解説をご希望の方は、場所および日程や人数などを下記の連絡先までお知らせください。対応できるかどうかを調整してご連絡します。

 

【連絡先】 住之江区役所 政策推進室

       電話 06-6682-9992 (月~金曜日、9時~17時30分)

 

 

最近の加賀屋新田会所は・・・

秋のお庭の見頃がやって来ました。

ハゼの木の葉は赤く色好き初めています。

少しずつですが、お庭全体の紅葉もはじまりました。

(平成26年11月2日(日曜)の庭園の様子です)

 
最近の新田会所跡
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