応仁・文明(おうにん・ぶんめい)の大乱(たいらん)(1467年~1477年)で天王寺や堺で戦いがあり、その後の70年間、住吉でも戦いが行われました。1583年に戦いに勝った豊臣秀吉(とよとみひでよし)が攝津(せっつ)・河内(かわち)(いまの大阪)をおさめ、住吉は今井宗久(いまいむねひさ) がおさめるようになりました。秀吉が滅亡(めつぼう)した後は、徳川家康(とくがわいえやす)が命令して松平忠明(まつだいらただあき)に治めさせることになりました。

豊臣秀吉木像(とよとみひでよしもくぞう)
大阪城天守閣蔵(おおさかじょうてんしゅかくぞう)

住吉里(すみよしざと)・帝塚山(てづかやま)
(「摂津名所図絵(せっつめいしょずえ)」)
1867年(慶応けいおう3年)から、日本を天皇が治めることになり、武士たちの時代は終わりました。次の年には新しい政府によって大阪府がつくられました。

1889年(明治22年)市制町村制(しせいちょうそんせい)がはじまり、大阪市ができました。1925年(大正14年)4月1日、面積34平方キロメートル、人口約14万人の住吉区がうまれました。

住吉大社前(すみよしたいしゃまえ)のタクシー乗場(のりば)(大正期(たいしょうき))
1873年(明治6年)に日本で最初の公園として人々の楽しめる場所になりました。鉄道も通るようになり、松原や高燈籠(たかとうろう)、四季の花や木が楽しめる場所として、多くの人がくるようになりました。


初期(しょき)の住吉公園(すみよしこうえん)
海上の守り神として信じられていた住吉大社には、全国各地から海路安全(かいろあんぜん)の祈りをこめた燈籠(とうろう)「庭においておく照明器具のこと」が送られ、時がたつにしたがって、だんだん大きなものが増えました。有名な高燈籠(たかとうろう)は約20mの高さがあり、住吉の浜の名物になっていました。

高燈籠(たかとうろう)(明治期(めいじき))
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