住吉区(すみよしく)の今昔(いまむかし)
[2009年3月16日]
遠里小野(おりおの)は大阪府最初の製油地で、荏胡麻(えごま)から油(あぶら)をつくっていました。後に菜種(なたね)などからも油をつくるようになりました。

1934年(昭和9年)大阪をおそった室戸(むろと)台風は死者(ししゃ)・行方不明(ゆくえふめい)990人を出す大災害(だいさいがい)でしたが、住吉区も住吉小学校の児童(じどう)18人が死亡し、児童・職員(しょくいん)23人がけがをしました。校舎(こうしゃ)が古い木造(もくぞう)だったため台風の力でたおれてしまったのです。この後、小学校は鉄筋(てっきん)コンクリートの校舎が増やされることになりました。

大依羅神社(おおよさみじんじゃ)の近くに広がっていた依網池は、1500年前ごろに掘(ほ)られたと伝えられる人工(じんこう)の池でした。広さは、約 33ヘクタール(大阪ドームの10倍)もあった大池で、大和川をこえ河内天美(かわちあまみ)、河内松原(かわちまつばら)付近までありました。大和川のつけかえ工事で、そのほとんどがなくなり、いまは姿(すがた)を消してしまいました。
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