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吉田区長のブログ(平成25年1月)

2015年9月18日

ページ番号:183217

平成25年1月28日(月曜日)のブログ

浪速中・高等学校空手部訪問3(剣道・弓道)

剣道、弓道の道場も立派です。

剣道の様子
弓道場の様子

平成25年1月27日(日曜日)のブログ

浪速中・高等学校空手部訪問1(神社神道)

 住吉区役所は区内の私立学校も応援しています。昨年12月7日(金曜日)、浪速中・高等学校(山之内)を訪問しました。
 神社神道を建学の精神とする浪速中・高等学校の校内には神社があります。全国的にも珍しいことです。そして、楷の木とさざれ石。
 楷の木は孔子にゆかりがある「学問の木」。さざれ石は、我が国国歌にもあるように、小石が巌となったものです。

浪速中・高等学校内にある神社の様子
浪速中・高等学校内の様子

浪速中・高等学校空手部訪問2(空手道部)

同校の立派な「浪速武道館」に空手道部を訪ねました。同部は全国大会での優勝を重ね(含:中学校)、また、東アジア・チャンピオンも出しています。
この取材の模様は「広報すみよし」1月号でご紹介済みです。

空手道部の様子

平成25年1月26日(土曜日)のブログ

地域ボランティアが大空小学校の教壇に

 大阪市立南住吉大空小学校では今、校区と校名の問題が大きな課題になっています(近々に改めてご報告します)。そのため訪ねた同校校長先生から「地域ボランティアのかたが教壇に立つ授業を見ていって」と。
 この学校では、授業中でも構わず、前方の扉をガラガラと入り自己紹介、教室の児童全員も一斉に口々に自己紹介してくれます。そこに違和感はありません。授業を中断する側もされる側も教壇の先生も教室後ろの先生も地域スタッフも、みんなが一体です。
 この授業では地域のかたが住吉のまちなみやまちの賑わいについて講義しておられました。

大空小学校の様子

平成25年1月22日(火曜日)のブログ

住吉区の成人式でご挨拶

 1月14日(祝)、住吉区でも成人式を行いました。私達の区では、住吉区青少年指導員連絡協議会、住吉ユースクラブ、住吉区地域振興会、住吉区地域振興会女性部、住吉区社会福祉協議会、大阪市コミュニティ協会住吉区支部協議会、そして、住吉区役所が実行委員会を構成し、同委員会主催による「住吉区成人の日記念のつどい」を開催いたしました。

 住吉区民センター大ホールの式典は、大阪府立今宮高等学校ダンス部によるお祝いの踊りで開幕。国歌斉唱、大阪市歌斉唱、実行委員長(住吉区青少年指導員連絡協議会会長・五十嵐誠さん)挨拶、大阪市長メッセージ・ビデオ、住吉区長挨拶、ご来賓紹介、そして、新成人代表(川合ひかるさん)の「はたちのことば」と続きました。過日、成人式の模様を動画も交え住吉区ホームページでご報告します。

 吉田康人からのご挨拶内容は下記のとおりです。実際にお話しした内容は多少異なっています。概略とご理解ください。

 只今ご紹介にあずかりました住吉区長の吉田康人でございます。主催者、ならびに、ご来賓各位を代表して、新成人のみなさんへお祝いの言葉を贈ります。

 まず、本日の「住吉区成人の日記念のつどい」をご準備くださいました住吉区青少年指導委員連絡協議会を初めとする実行委員会のみなさまへ厚く御礼申しあげます。ありがとうございます。

 さて、新成人のみなさん、誠におめでとうございます。お気持ちはいかがですか?

 私の次男も実は今日、成人式を迎えました。事情がありましてこの場にはおりませんが、ほかのまちでその地域の人々に温かく見守られながら式典に出席させていただいております。ありがたい限りです。

 私はちょうど25年前に結婚をいたしました。その後、3人の息子らを授かった頃から特に、ずーっと思い悩んできたことがあります。何だと思います?

 「妻や息子らのために私自らの命を捧げることが果たしてできるだろうか?」ということです。もし自分の命を懸けることでしか家族を助けることができないという場面に出くわした時、本当に死ねるかということです。現在の私の中には、9割がた自信のある答えを持っていますが、しかし、この問いは私の頭を片時も離れたことはありません。

 成人式式典の挨拶で、「特攻隊」のことをお話しする代表者が増えています。「特攻隊」とは正確には「特別攻撃隊」のことです。第二次世界大戦末期、敵の艦船などに兵隊が乗ったまま軍用機などごと体当たりする自爆を前提とする攻撃を行う部隊のことです。戦争を美化するわけではなく、私達日本人の家族や国家、あるいは、未来に対する伝統的な価値観が凝縮されている、新成人のみなさんへお伝えしたいことが凝縮されているからこそ、「特攻隊」がこうした場で取り上げられるのだと私は思っています。

 茨城県の農家から陸軍航空士官学校を経て、少年飛行兵の教官となった藤井一中隊長のお話も多くの日本人に知られています。

 藤井中隊長は、日本軍で特攻作戦が始まる前から、「事あらば、敵陣や敵艦に体当たりしろ。自分も後から行く」との指導をしていました。しかし、実際に特攻作戦が始まり、若い教え子達が飛び立って行くのを見送る度に、自責の念に駆られるようになります。

 そして、藤井中隊長は、教師として生徒との間に交わした約束を守るため、特攻隊員を志願しました。しかし、軍は認めませんでした。藤井には、少年飛行兵の教育という重要な任務がありましたし、さらに、妻と三歳の女の子、四ヶ月女の子という家族があったからです。

 戦地の看護婦として負傷した藤井中隊長と知り合い、結婚した妻の福子は、軍人の妻である以上、夫の戦死は覚悟していました。しかし、許可が出ない特攻隊員を志願するということは死のうとすることであり、学生との約束を守るために妻とふたりの子どもを見捨てるのかと、納得できず思いとどまるように何度も説得しました。

 藤井は決して、決意を変えませんでした。

 昭和19年、終戦前年の12月15日、荒川に母と幼子ふたりの溺死体が上がりました。福子は、三歳の女の子と自分を紐で結び、四ヶ月の女の子を背負い、荒川に身を投げました。遺書が残されていました。そこにはこう書かれていました。

 「私達がいたのでは、後に残された私達のことが気がかりで、思う存分の活躍ができないでしょう。お先に行って待っています」。藤井中隊長の妻らしい気丈な遺書でした。

 藤井中隊長は改めて、こんどは自らの指を切って血書嘆願します。軍は遂に、異例の任命をします。藤井は特攻隊員となりました。生徒達に大変人気のあった藤井は、中隊長室に生徒をひとりずつ呼んで、家族の思い出話を聞きました。そして最後に、「これからの日本を頼むぞ」と生徒達を励ましました。

 妻と娘らが亡くなってから5ヶ月後、昭和20年5月28日の朝、藤井中隊長は知覧の飛行場から沖縄の空へ飛び立ち還らぬ人となりました。

 新成人のみなさんへは、私達の平和と繁栄はこうした英霊の思いによっても支えられているということをお伝えしたいと思います。そして、もうひとつ。

 冒頭に申しあげましたように、私は常に、妻や息子達を守るために、自分の命を懸けることができるか?、自らの命を捧げることができるか?ということを自問自答し続けています。藤井中隊長の妻・福子さんは、自分が犠牲になることで、夫の夢を実現させてやろうと考えました。

 大人になると、自らの夢を実現するために、お金を捨て、名誉や地位を忘れ、仕事も顧みず、そして、文字どおり命懸けでの努力をする場合もあります。それが、大人の夢の実現です。

 逆に、最愛の人や家族を守るために、時には自分の夢を諦めて、命を懸けすべてを懸ける場合もあります。いや、それがほとんどだと思います。

 みなさんのお父さん、お母さんなど保護者のかたがたも恐らく、そういう思いでみなさんを見つめ、みなさんを守ってこられました。

 だから、今日、お友達との懇親会もあるかもしれません、そういうものが終わって家に帰ったら、一言でいいから「ありがとう」って言ってあげてください。もし照れ臭かったら「ありがとう」のメモを渡すだけでも構いません。

 今日の成人式を機会に、大人の愛とはどんなものか、真の家族愛とは何か、人が人を愛するということは一体どういうことなのか、考えていただきたく一言ご挨拶をいたしました。

 大人の愛の世界にいらっしゃったことを大歓迎いたします。これから、ともにがんばっていきましょう。本日はおめでとうございました。

成人の日記念のつどいの様子

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