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幸村ゆかりの地 天王寺を歩こう!「真田幸村めぐルート」のロードサイン完成! 

2016年9月12日

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  天王寺区内には、戦国武将 真田幸村が築いた大坂城の出城「真田丸」跡地をはじめ、幸村ゆかりの名所・旧跡が数多く存在し、大坂の陣から400年を経た今でも、幸村の足跡を辿ることができます。
区役所では、真田幸村ゆかりの地「天王寺」の魅力をより多くの方に知っていただけるよう、幸村ゆかりの名所・旧跡11ヶ所を辿る「真田幸村めぐルート」を設定し、案内するロードサインを真田山エリアに15ヶ所、天王寺エリアに8ヶ所設置しました。

完成したロードサインを辿り、皆さんも日本一の兵と評された名将・幸村ゆかりの地を巡ってみてはいかがでしょうか。




ロードサイン(3種)




路面シール

幸村ゆかりの地めぐりにご利用ください

幸村ゆかりの地を快適に、楽しくめぐっていただけるマップもご用意しています。
ダウンロードしてお持ちください。※出力サイズ:A4

【真田幸村めぐルートマップ配架場所】
 大阪市天王寺区役所(大阪市天王寺区真法院町20-33別ウィンドウで開く) 市民協働課 3階32番窓口
 天王寺区民センター(大阪市天王寺区生玉寺町7-57別ウィンドウで開く
 大阪市サービスカウンター 天王寺

真田幸村めぐルートマップ

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町歩きの際、マナーの向上にご協力をお願いします

町歩きの際は、所有者や近隣のご迷惑とならないよう、ご配慮をお願いします。

 ・周辺の駐車・駐輪場は限りがありますので、公共交通機関を利用しましょう。

 ・大きな声を出す、横に並んで歩くなど、近隣の方の迷惑となる行為はやめましょう。

 ・歩行喫煙や、吸殻のポイ捨てはやめましょう。

 ・ごみは持ち帰りましょう。

真田山エリア (最寄駅:地下鉄・JR玉造駅)

大坂冬の陣で最大の激闘が展開された「真田丸」の地

真田丸顕彰碑(餌差町)


 「真田丸」があったとされる大阪明星学園の地に建つ顕彰碑。
 大阪城の石垣にも使われている岡山県犬島産の自然石花崗岩を使用。足元には豊臣家と真田家の家紋を配し、前面に大型陶板を張り付けている。陶板には大阪城天守閣所有「大坂三郷町絵図」「大坂冬夏陣立図」のうち「冬の陣図」、東京国立博物館所有「大坂冬の陣図屏風」なども表示し、それらの資料から慶長19年(1614)の大坂冬の陣で奮闘した真田幸村と「真田丸の戦い」や大坂城の出城として築かれた「真田丸」について解説しており、冬の陣の際の豊臣軍・徳川軍の陣立ての様子も見ることができる。

三光神社(真田幸村公像、真田の抜穴跡)(玉造本町)


 明治41年(1908)に境内の三光宮を合祀してより「三光神社」と呼ばれるようになった。慶長19年(1614)の大坂冬の陣の頃、幸村が大坂城まで掘らせたといわれる「真田の抜穴跡」が残されている。また、境内には真田幸村公の銅像が建つ。

心眼寺(餌差町)


 元和8年(1622)、白牟(はくむ)和尚が真田幸村父子の冥福を願って建立された寺で、門扉には真田家の家紋である六文銭が飾られている。境内には「まん直し地蔵」があり、まんの悪い時に祈願すると不運を直して幸運に変えるご利益があると言われている。大坂冬の陣から400年の平成26年(2014)10月、境内に幸村のお墓が建立された。

円珠庵(鎌八幡)(空清町)


 境内には鎌八幡と呼ばれる霊木があり、大坂冬の陣の時、真田幸村が榎の木に鎌を打付けて必勝を祈願し、戦勝をあげたと伝えられる。墓のある契沖(1640~1701)は江戸時代前期の古典学者、歌人、僧侶。

産湯稲荷神社(小橋町3丁目)


 産湯稲荷は俗に桃山といわれ、明治39年頃までは大阪屈指の大桃林があった。また神社の境内には、「大坂六清水」のひとつに数えられた名水「産湯清水」が湧き出ていた。昔、この付近の有力者であり、当地の開拓神である大小橋命(おほおばせのみこと)が誕生した時、境内の玉の井を汲んで産湯に用いたという伝えからこの名がある。またこの井戸は真田の抜け穴と伝えられている。

産湯稲荷神社境内見取図

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玉造稲荷神社(豊臣秀頼公像)(中央区玉造2丁目)


 紀元前12年の秋に創祀されたと伝えられる由緒ある神社。
豊臣秀頼奉納の鳥居や千利休の顕彰碑などが並ぶ豊臣家ゆかりの神社でもある。境内には難波玉造資料館もあり、古代玉遺物、玉の歴史や玉作り工程、古代土器など貴重な資料が展示されている。平成23年(2011)には境内に豊臣秀頼公銅像が建立された。

天王寺エリア(最寄駅:地下鉄・JR天王寺駅)

幸村が決死の覚悟で戦った大坂夏の陣の地、終焉の地

安居神社(逢阪1丁目)


 七名水の一つ「安井の清水」があり、「癇鎮め(かんしずめ)の井」と呼ばれ有名であったが、今は社務所脇崖下に1mほどの空井戸とそれを取り巻く玉垣が現存している。また、大坂夏の陣で家康と戦った真田幸村が、傷つきこの神社まで逃れてきたところを越前兵に急襲され、戦死した地といわれており、戦死跡の碑も残っている。

 真田幸村公之像 ©播間 公次

一心寺(お骨仏と断酒祈願の寺)(逢阪2丁目)


 山号を坂松山という浄土宗の寺院である。開基は法然上人(ほうねんしょうにん)であるといい、法然が「日想観」を修するために営んだ庵室の跡であると伝えられる。慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いがあった年、徳川家康の第8男仙千代君が夭折し、一心寺で葬儀が営まれ、以来、家康との結びつきが強く、慶長19年(1614)の大坂冬の陣では家康の本陣が当地におかれた。

茶臼山(茶臼山町 天王寺公園内)


 大坂冬の陣で家康の本陣となり、夏の陣では幸村が布陣し激戦地となった茶臼山は、奈良時代に和気清麻呂が河内川の流水を南にひこうとした河底池とともに、天王寺公園の風景にとり入れられている。
 昭和61年(1986)の発掘調査では古墳の築造と同様の方法で盛土が行われたことがわかったほかは、古墳を示す資料は発見されなかったが、家康本陣跡の建物や地面を掘ってつくった水路が確認された。平成26年(2014)には、大坂の陣戦没者の鎮魂と泰平の世がいつまでも続くようにと、一心寺の寄贈により「大坂の陣茶臼山史跡碑」が建立された。

堀越神社(茶臼山町1丁目)


 聖徳太子が創建した歴史ある神社。大阪・四天王寺を外護する四天王寺七宮の一つで、四天王寺建立と同時に創建されたと伝わる。境内の南沿いに美しい堀があり、この堀を越えて参詣したので、堀越という名が付けられたと言われる。境内に茶臼山稲荷が祀られており、大坂夏の陣の際に徳川家康が茶臼山稲荷に危機を救われたことから家康の信仰が厚かったと言われている。

こちらもぜひお立ち寄りください!

真田幸村にゆかりの深い天王寺区で、地域の皆さんが「真田幸村の地 天王寺」を盛り上げるべく行っている、
様々な取組みをご紹介します!

天王寺区のいろいろな真田幸村をご紹介!(区内の地域独自取組み)

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