くらしの便利帳_東成区
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大阪から奈良へ通じる旧街道として、4~500年前に開けた街道です。大阪高麗橋を起点として東へと通じ、暗越と呼ばれるように、生駒山系の暗峠を越えて奈良に行く最短コースの街道でした。街道沿いには今も古い道標(道しるべ)が残されています。今里交差点は、区民には「今里ロータリー」の呼び名がなじみ易いようです。昭和9年(1934)に設置され、当時は信号もなく、中心にベンチを置いた公園が造られ、夕涼みかたがた車の往来を楽しむ人たちがたくさん見かけられました。当時は、信号も無く車は円を描くように流れていましたが、昭和30年に信号がつけられロータリーは無くなりました。樹齢1300年を数え、幹周11m、樹高25mで、大阪市の保存樹に指定されています。樹の見事さから楠神社とも呼ばれ、御旅所には地蔵尊、幹の上にはお稲荷さんがあり、独特の雰囲気を放っています。昔、大洪水の際、大樹に登った村民の命を救ったと伝えられています。(大今里1丁目17番)玉造黒門越瓜は、江戸から明治期にかけて現在の東成区や中央区にかけて盛んに栽培されたなにわの伝統野菜です。実は長大で肉厚、濃緑色で八~九条の白色の縦縞があり、粕漬けなどに加工して食べられました。アルコール性肝臓疾患の予防効果があると言われています。区内には、これ以外にも、歴史文化を感じることができる地域資源が点在しています。詳しくは、区ホームページなどをご覧ください。伊弉冊尊ほか五柱を奉斉する旧大今里村の氏神で、用明天皇2年の創建と伝えられます。明治5年(1872)に現社号に改め、同44年(1911)旧東今里村氏神八剣神社を合祀しました。夏祭りでは大にぎわいとなります!(大今里4丁目16番)ようめいいざなみのみこといこまこうらいやつるぎ「松下電器産業」創業者の松下幸之助氏の生誕百十周年を記念し、顕彰碑を建立。大正7年3月に福島区大開に移って松下電器器具製作所を設立するまで、東成区玉津で四畳半と二畳の借家を工場に改装、自ら開発した「松下式ソケット」の事業化を試みました。(玉津2丁目14番)おおひらき▲街道と道標▲熊野大神宮の鳥居▲昭和初期の今里ロータリー付近▲樹齢1300年の楠▲起業の地顕彰碑▲菅笠をかぶる「ふれんじー」(上)と 大菅笠(下)▲大小並ぶ玉造黒門越瓜東成区の暗越奈良街道くらがりごえならかいどう深江の菅細工・菅笠ふかえ  すげざいく  すげがさ八王子神社御旅所の楠はちおう じ じんじゃお たびしょ   くす玉造黒門越瓜たまつくりくろもんしろうり熊野大神宮くまのだいじんぐう今里ロータリー(現:今里交差点)いまざと松下幸之助起業の地 顕彰碑まつしたこうのすけきぎょう  ち けんしょうひ深江地域で菅笠づくりが始まったのは、およそ2000年前と言われ、江戸時代伊勢参りの道中笠として人気を博しました。歴代天皇即位・大嘗祭の御菅蓋や伊勢神宮式年遷宮の御料菅御笠・御翳として、現在もこの深江地域から献納されています。深江の歴史を展示した深江郷土資料館(深江南3丁目16番14号/右写真:資料館内)が設置されています。ご かんがいだいじょうさいいせじんぐうしきねんせんぐうごりょうすげのおんかさ・おんさしは13大阪市くらしの便利帳東成区

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