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大澤寺(だいたくじ)

2019年3月5日

ページ番号:25997

東淀川区大桐1丁目17-43
大澤寺の写真

 大澤寺は、正保(しょうほう)3年(1646年)に僧宗純(そうじゅん)が創建しました。宗純は当地の名家であった沢田家の出身で、俗名は沢田太郎左衛門といい、大坂本覚寺の日達上人(にったつしょうにん)に帰依(きえ)し、独力で法華宗の寺を建立しました。
 大坂夏の陣で、付近の中島(東淀川区域)の多くの人々が豊臣方に味方するなか、酒井雅楽頭(さかいうたのかみ)と親しかった太郎左衛門は徳川方に味方し、その恩賞として淀川沿いの16カ所の渡船の権利を受け、12代当主の義浄から沢田左平太を通称として用い、延宝(えんぽう)4年(1676年)には堂島川や木津川の渡船の特権も得るなど、大変な富豪になりました。豊里3丁目にあった平田の渡しも、このうちの一つです。
 沢田家の当主は円満な人格者が多く、学問や芸術に優れた人もいます。特に、17代当主の沢田義文は淇園(きえん)と号し、土佐派の絵画も堪能な文人でした。また、中島大水道の設置の際、力を尽くした三庄屋の一人、沢田久左衛門も沢田家一族の一人です。
 沢田家の菩提寺として受け継がれてきた大澤寺は、山号を円光山(えんこうざん)と号し、本堂には本尊の題目宝塔(だいもくほうとう)を中心に、釈迦多宝二仏像(しゃかたほうにぶつぞう)などが残されています。広大な境内は明治維新後に減りましたが、現在は本堂、庫裏(くり)および鐘堂があり、のどかな田園風景の中に存在していた当時がしのばれます。

(「広報ひがしよどがわ」平成15年10月号に掲載)

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