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報道発表資料 報道発表資料の一部訂正について「新たに大阪市指定有形文化財及び有形民俗文化財を指定しました」

2021年5月19日

ページ番号:535954

問合せ先:教育委員会事務局総務部文化財保護課(06-6208-9168)

令和3年5月19日 14時発表

 令和3年3月26日14時に報道発表しました「新たに大阪市指定有形文化財及び有形民俗文化財を指定しました」について一部内容に誤りがありましたので下記のとおり訂正します。

訂正箇所

歴史資料7件のうち、田中主水家仏師関係史料の概要

訂正前
 江戸時代の大坂には、京都や奈良から移住してきたとみられるたくさんの仏師が工房を構え、活発に造仏活動を行っていた。全国的にもその作例は多く残っているとみられるが、不明な部分も多い。この大坂仏師の中で、四天王寺の仏師職を務めていた田中主水家は、最もよく知られた仏師のひとりである。京仏師の七条左京家から別れ、1 7世紀末には大坂に移り、心斎橋筋などに工房があった。34世を名乗る田中松慶氏が没したことでその系譜は途絶え、史料は菩提寺(ぼだいじ)の法音寺に納められている。四天王寺仏師職の補任に関する文書や、仏師系図など、大坂仏師について考えるうえでの重要な史料である。
訂正後

 江戸時代の大坂には、京都や奈良から移住してきたとみられるたくさんの仏師が工房を構え、活発に造仏活動を行っていた。全国的にもその作例は多く残っているとみられるが、不明な部分も多い。この大坂仏師の中で、四天王寺の仏師職を務めていた田中主水家は、最もよく知られた仏師のひとりである。京仏師の七条左京家から別れ、1 7世紀末には大坂に移り、心斎橋筋などに工房があった。史料は菩提寺(ぼだいじ)の法音寺に納められている。四天王寺仏師職の補任に関する文書や、仏師系図など、大坂仏師について考えるうえでの重要な史料である。

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