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子どもの命を守るために 平成28年2月号

2019年10月1日

ページ番号:340669

中川 喜代子さん(奈良教育大学名誉教授/社会学者)

 昨年(平成27年)8月、解放感いっぱいの夏休み中に、寝屋川市の中学1年生男女2人が消息を絶ち、女子生徒の遺体に次いで、数日後には男子生徒も遺体となって発見されるという悲しく凄惨な事件が発生しました。防犯カメラが深夜未明の駅前商店街を歩く2人の姿を捉えていました。

 この痛ましい報道に接して、どのように感じたか、どうすればこのような事件をなくすことができるのかなどについて、私の周りのいろんな年齢層の大人たちに率直な意見を聴いてみたので、それらを要約してみましょう。

 まず、「中学1年生といえば、やっと大人の入り口にさしかかり、背伸びしたい年齢とはいっても、まだ大人の保護を必要とする頼りない年齢。そのような子どもに、深夜まで街を徘徊させていいのだろうか?」「彼らの保護者たちは、門限を決めたりしていないのか?」「あのようなことになったのには、保護者の責任が大きいのでは?」といった意見が、60歳代以上の人たちから多く寄せられました。40歳代~50歳代前半の人たちからは、「今日の日本社会では親、とくに母親も生きるのに精一杯で、夜遅くまで働いていて帰宅が遅く、子どもたちと団らんする時間がない家庭も少なくないなど、門限を厳しくできない事情もあるのでは・・・」「子どもたちも、家に帰っても話し相手もなくつまらないし、気の合った仲間と一緒に過ごしたいと考えるのも否定できない・・・」といった意見が多く挙がりました。また、ほぼ同じ年代の子どもをもつ人からは、「深夜未明に人通りの少ない商店街を徘徊している子どもたちを、警察は補導してくれないのか」といった疑問と願いがある一方、「徘徊する子どもたちに気軽に声をかけにくい社会になりつつあることも問題ではないだろうか」といった意見も示されました。

 ところで、『子どもの権利条約』(日本ユニセフ協会抄訳)は、第5条で「親(保護者)は,子どもの心やからだの発達に応じて、適切な指導をしなければなりません。国は親の指導する権利を大切にしなければなりません」と規定し、親が子どもの第一義的保護責任者であり、その責任を果たし得ない場合には、社会/国家が支援するとしています。ここでの“子ども”とは、18歳未満のまだ自力で生きることが困難な、したがって、親の保護を必要とする年齢の子どもたちであり、その権利がほんとうに保障されるためには、第一義の保護者である親が、(もし親にその能力がない場合には国が親を支援するかたちで)その責任を果たすことが不可欠な条件であるとしています。近年クローズアップされてきている<子どもの貧困>とも関わって、母親が家計主担者となっている母子家庭の場合には、親の保護責任を問えない事例も少なくないでしょう。しかし、親には子どもに対する第一義的保護者としての権利(親権)が認められており、同時に、子どもに最善の利益を与える義務や責任を負っているのです。つまり、権利と責任とはセットになっているわけですから、親は少なくとも子どもの命を守り、その健全な育成のために適切な生育環境を整える責任を負うべきです。しかし、個々の家族の経済的事情などから十分かつ適切な生育環境を期待できない子どもたちに対しては、社会や国が何らかの形でそれを支援しなければなりません。次号(3月号)では、そのような子どもたちに対して私たちができる支援について、一つの提案をしてみたいと思います。(3月号につづく)

子どもの命を守るために 平成28年2月号

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