現代社会における部落差別をかんがえる
2023年3月16日
ページ番号:550264
阿久澤 麻理子さん(大阪市立大学 人権問題研究センター 教授/大阪市立大学大学院 都市経営研究科 教授)
2016年に施行された「部落差別解消法」は、差別解消に向けた国・自治体の責務を明らかにした重要な法律です。しかし、法律には部落差別の定義・類型がありません。部落差別は本来、封建時代の被差別身分とつながる人に対する「系譜的」差別ですが、「属地的」性質もあることが、定義の難しさに関係していると私は考えています。
かつて、他人の戸籍の閲覧に制限が設けられていなかった時代には、戸籍を遡って身元を調べ、差別が行われました。しかし1968年に、明治時代の最初の戸籍が閲覧禁止となり、1976年には戸籍の閲覧制度が廃止されると、代わりに、住所や本籍地等を「部落の地名」と照合し、部落出身者かどうかを判定するようになっていきました。「属地的」判断による差別です。
部落の地名が判定に使われるのは、封建時代には身分統制が進み、居住地も区別され、被差別身分に置かれた人びとが形成していた集落が、今日の被差別部落と一定重なるからです。ただし、そのような照合と判定には、部落がどこにあるかの情報が必要です。1975年には、「部落の所在地リスト」が秘密裡に販売され、多くの大企業が購入していたことが発覚しました(「部落地名総鑑」事件)。これ以後、行政による身元調査の規制や、採用における差別をなくすための取組が進みました。
しかし、同様の事件は繰り返し起きています。とくに2016年には、大規模な情報の拡散が問題となりました。ある個人と出版社・その関係者が、全国の部落の所在地情報を出版すると公表し、前後して、そのデータと、部落解放運動に取り組む人びとの個人情報(名前・住所等)がネットで拡散されたのです。
200人を越える原告が、情報の削除・公表の禁止と損害賠償を求める裁判を起こしました。その第一審判決が、2021年9月27日に東京地裁で下されました。判決では、部落の所在を知ろうとするのは「正当な関心事」ではなく、情報の公開は「公益目的」ではないと判断されました。また、住所・本籍地が「部落の所在地リスト」と重なれば、部落出身者として差別を受ける恐れがあるので、このような情報公開は「違法なプライバシー侵害」であると認定しました。画期的判決です。
一方、部落出身であることを広くカミングアウトし、部落差別をなくそうと運動している人には、プライバシー侵害が認められませんでした。また、判決は、自分の本籍や住所が「地名リスト」にあることは、「みだりに」人に知られたくないプライバシーなので、リストの公開が人格権侵害になると述べています。しかし、これでは「部落に本籍・住所があることは隠すべきこと」であるかのようです。差別をなくそうと立ち上がった原告の思いと、かけ離れていると感じます。また、現在の住所・本籍地が「地名リスト」にない人もプライバシー侵害は認められませんでした。
さらに、原告がたった一人しかいない県で、その原告のプライバシー侵害が認定されないと、その県の「部落の所在地リスト」も削除・公開禁止の対象から外されました。しかし、部落差別には属地性があります。部落の地名が晒され続ければ、その地にいる、関係しているすべての人に、被害がおよぶ可能性があるのです。
裁判は、控訴審で継続します。司法が部落差別にどのような判断を下すのか関心を持ち続けるとともに、私たちが自分の言葉で、部落差別とは何かを、表現できるようにならなければなりません。
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