ページの先頭です

平成23年12月16日 大阪市長会見全文

2019年4月8日

ページ番号:155688

【退任にあたって】

皆さんこんにちは。この部屋で、皆さんの前で、こういうかたちで記者会見をさせていただくというのは、今日が最後ということになりました。
任期は、18日の日曜日まででございますが、本日が最後の登庁日ということで、朝、車を降りましたところで、数人の方がカメラを構えておられました。いろいろと、今の心境は、とか聞いていただきましたが、今日この時間があるからというんで、自分自身の気持ちも整理もせずに車から降りたことを、やや悔やみながらおりました。
やはり何と言いましてもこの4年、本当に皆さまの温かい目、あるいは厳しい目、そして市民の皆さんと共に歩めた4年間というものを、自分自身執務室で、先ほど15分位、この会見に臨むにあたっての気持ちの整理をしておりました。
63歳ですが、この63年間を振り返っても、この4年ほど凝縮した時間というものを過ごした覚えはございません。民間から戦後初とも言われるかたちで大阪市役所に乗り込みまして、右も左も分からない中、色々な方のご協力やご指導を賜って、自分自身の思い、これは市民協働というかたちで、「大都市、そしていちばん住みたいまちへ」これがかなり欲張った方向性でした。大阪というまちの大都市としてのありようと、しかしそこがいちばん住みやすいまち、市民にとって暮らしやすいまちであるというものを目指すという方向性は、私は間違ってなかったと思いますし、それに向けて一歩一歩、小さいながらもほを進めることができたというふうに思っております。
あとそうですね、この4年を振り返って、本当に様々なことがありましたけれども、それを1つ1つ、逆にここで思い出しながら喋ってるとまた、長いこと喋りすぎやとか、色々とご指摘をいただくかと思いますんで、逆に皆さんからご質問をいただきながら、それにお答えする時間ということにさせていただくのがいちばん適当ではないかと思います。選挙結果、11月の最後の、すごく早く橋下新市長の当選確実が出たことによって、票も分からないまま敗戦の弁を述べました。やれるだけのことはやったという思いと、それと自分自身を応援してくださった方に対する、自分の力の足りなさ加減みたいなものも痛感した次第でございます。
この3週間、市長になって初めてと言っていいぐらいの時間的余裕というものをいただきながら、各方面へのご挨拶、そして自分自身の資料の整理等をやっておりましたけれども、やはり、何と申しましてもこの間、市民の皆さんの中に入って、いろいろな知恵を頂戴し協力をいただいたことで、間違いなく大阪のまちの力というものを引き出せた部分はあったという確信を持っております。しかし、一方でリーマンショック以降の景気の失速、それから政界の閉塞感みたいなものを打ち破るまでの力の浸透、市民協働の浸透には至らなかった部分が正直あるというふうにも思っております。
新市長に対しましては、こういった面も是非しっかりと頭に入れていただいて、今後の大阪市をどうされるのか、あるいは府市統合本部という名前がついておりますけれども、統合本部で良かったかな?府市統合本部かな?という名前がついておりますけれども、それが目指す方向性が大阪市民、今の大阪市民にとってどういうものかというものを、より具体的に19日新市長になられて以降一日も早くお示しいただければという思いでいっぱいでございます。
本当に4年間、皆さまのお力を借りて一斉情報の発信、さらには新しい取組みの発信、そして様々な不祥事がございましたが、その不祥事についても厳しいご指摘をいただいたことを心から感謝申し上げ、今後ともメディアの皆さまのお力を借りながら、行き過ぎている部分へのチェックであるとか、私自身メディア出身ということでもありましたので、第4の権力といわれるものがどう使われるべきか、より多くの人の幸せのために当然使われるべきであろうと、その一方で切り捨てられる側の人の思いというものをどれだけメディアが、吸い上げる、救い上げることができるのかどうかという部分がいちばん皆さんにとって求められているところではないかという気もしております。
今後のことはまだ何も決めておりません。19日に市長ではなくなるわけですが、それ以降今度こそ、というのはこの3週間は、まだ市長という肩書きがついておりますので、自分自身の気持ちの整理、心の整理というものに費やしておりました。19日以降はそれこそフリーになって、じっくりと体を休めながら気持ちの整理もして、今後この大阪市がどう進むのか、あるいは大都市というものがどうあるべきなのか、もし発信するような機会があれば、いろんなところで発信を試みたいなと思っていますので、それがいつになるかというものは一切決めておりませんので、少しはゆっくりしたい。そういうのが正直なとこです。
以上、雑駁な自分の感想でございますけれども、最後の日にあたりまして、登庁最後の日にあたりまして、皆さんへのご挨拶を兼ねての私の言葉にさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。ありがとうございました。


質疑応答


記者

4年間お疲れ様でした。

市長

はい。

記者

今、冒頭で発言ありましたけれども、登庁された時、最後の登庁ということで庁舎に入られた時のご心境と、そして定例会見というかたちで、ちょっと数えてみたら140回ぐらい今までされてきているんですが、今日最後の会見に臨まれるご心境の部分をちょっと教えていただきたいのですが。

市長

はい。先ほど申しました通りで、降りた時にあれだけカメラの方がいらっしゃると思わなかったんで、心の準備ができないまま降りました。夕べ休む前にやはり、いよいよ明日で最後のこの中之島の市役所に来る公用車に乗るんだなという思いはあったんですが、乗ってしまえば、いつもと、この4年間続けてきたことだったので、短いようであり長いようでありという月並みな言葉を申しましたが、その後、この会見始まる15分前くらいから、自分自身の気持ちの整理をしてと、どう考えてもやっぱこの4年というのは、自分の人生でいちばん凝縮した時間を過ごしたと、この市役所の中だけではなくて、まちの中へも出させていただいたし、通算140回の記者会見というのは、確かもうちょっとあったんではないかなっていうような気もしますが、これはぶら下がりとか、そういうの入れるとこういうかたちでは140回なのかもしれませんけどね。(市長記者会見:通算153回開催)やっぱり意外と自分自身にスタミナは、あるんだなあというのは認識しました。スタミナというのはハードワークに耐える、一方で叩かれ強さとかですね、いろんな部分あるかもしれませんが、それもただ1点市民のためにとか、市政のためにという部分はいささかも私は揺るがなかったので、その部分だけでも胸張れるなという思いはあります。

記者

あと2点いいでしょうか。

市長

ほかの方で、もし、最初に3つなら3つて言って。じゃ2点。はい。

記者

2点目がですね、4年前に当選されてですね、最初は民主さんの少数与党というかたちで

市長

4年前。はい。

記者

ええ、なかなか思う通りに100%はできなかったこと、例えば給食の問題ですとか、諸々あるかと思います。その点について受け止めというか、振り返りお伺いしたいと、あと3点目がですね、新市長が既にいろいろな方向性を示されていますが、職員さんに対してですね、どういうふうに新市長に向き合ってほしいかと。この3つ、残り2点お願いします。

市長

少数与党、確かにそうなんですが、二元代表制の議会のもとでは私は逆に良かったというふうに思ってます。もちろん大変でした。委員会だけでも確か最高で19、1日に19ぐらい回ったこともありますが、それもまあ今となっては逆に自分自身がその市政の細かいところまでレクチャーでチェックしながら、自分自身の判断基準をどこに置くか。あくまでも市民のためにという部分で置かせていただいたことで、各会派さんの思いそれぞれあったでしょうけれども、その中の今できること、今できること、さらにはそれをさらに進める方向性というものは出せたと思っています。よくまあ、単独の推薦というかたちで、本当に少数ではあったんですが、もちろん敬老パス、否決されたりってことはありましたけども、大きな流れは皆さんに賛同いただけたのも、やはり市民の中に積極的に自分自身が飛び込んでいったという部分を多くの市会議員の方が評価していただいたのではないかというふうに、議会としてはそうじゃないかなというふうに思っています。
それから、職員が新市長のもとでどういうふうに臨んでほしいかということですが、これはもう75万を超える凄い票をお取りになった。投票率自体が60%を超えたということも含めて大きな民意であることは確かです。橋下新市長もおっしゃっているように、私に対しても52万という大きな票をいただいていますから、その差はいったいどこにあるのか、その少数を大事にするという部分で是非細かい神経をつかっていただければありがたいなと思っています。職員に対しては、これはもう私が市長になってここへ入って来た時と、ある意味同じと言えば同じです。ただ非常にこの間2年近く大阪維新の会代表として政治的なかなり強い発言もされておりましたので、不安に感じている職員もいるかもしれませんが、でも誰のために職員をやっているのかと、市民のためにというのは間違いないわけですから、その、あくまでも市民のためにという事を忘れずに、きちんとした仕事はやっていくだけの力量を持った職員が数多くいます。そういうものを信じてますので、市政の停滞がないように、特に市民に対しての停滞がないようにというのを祈るばかりですし、職員にもそういった動きを期待しています。

記者

すいません。今日平松市長が最後ということで質問の機会を得させていただくことができました。

市長

はい。

記者

さて、来週から橋下さんが新しい市長に就任されます。就任前から様々な行政改革打ち出されているようで、それに対して市民の期待も大きいようです。そこで、平松市長からご覧になって橋下市政というものはですね、市民に与えるメリットは何か、逆にデメリットがあるとするとどういうものであるか、ということを教えていただきたいのがまず1点です。もう1点だけお願いします。平松市長は退任後、これは何かの放送か何かで見たんですが、政治活動から一線身を引くと、確かそういうふうにおっしゃっていた記憶がございます。そしてそのあとは一市民として行政を監視していくということもおっしゃっていたようです。そこでその意味なんですが、例えば具体的に市民活動であるとか、何らかの具体的なアクションを起こすのか、それともそうじゃなくして、テレビや新聞を見ながらぐだぐた愚痴を言うのか、どういうことかというのを教えていただければと思います。

市長

はい、ありがとうございます。まず確かにこの2週間近くですか、橋下新市長が市役所にお越しになって、レクチャーを市の担当部局各局がやらせていただいてます。振り返れば自分の時はですね、1ヶ月猶予があって、その間にホテルに各局から来てもらっていろんなレクチャーを受けたこと思い出したんですが、この1年半あるいは2年近く維新の会代表としてずっと市政を市政改革をやるんだというふうにおっしゃってた部分がいろんな皆さんの報道で出てきているのかなというのが正直な印象です。でも今見えている中で体制を変える、つまり統治、橋下さんいつも言うのが統治機構でしたっけね、を変えるんだ、市役所は、大阪市は潰さないけど市役所は潰すんだ、みたいなことがこういうことなのかっていうのもまだあんまりイメージが湧かないんですよ。正直。それは当然で、やはりまだ新市長として質問されているわけではないんで、具体的な裏付けがあるのかどうか、予算の執行に関してどれ程の具体的な数字を持ってらっしゃるのかが見えてません。正直。ですからそれがメリットになるのかデメリットになるのかってのは私には判断しかねる部分です。あと選挙終わってからほとんどテレビ見てませんので、新聞は読むようにしてますけど、ほとんどテレビは見なくなったなぁとも正直なとこです。ですからそこでどういうふうに話が展開しているのかも、今のところ少し自分自身の気持ちの中に冷却期間を置きたいという部分があったんで、あえて見ないということにしてました。ですから本当に代わって良かったなぁと思ってらっしゃる方きっと沢山いらっしゃると思うんですけど、それが大阪市民にとって本当にメリットなんだろうかというのも、何がデメリットなんだろうかというのも、今のところ私には見えません。まあこれはでも19日以降具体的な政策出しをされていく中で、当然皆さんのチェックを受けながら見えてくるものであろうというふうに思っています。
それから一市民に戻って監視すると言った覚えはないんですけどね、ウォッチャーというような言い方はしたんじゃないかなと思います。能動的に見守る活動をするのか、自分自身が少し時間をおいて大阪市の今後のありようみたいなものを、私を支持してくださった方達や、その大阪市を大事に思ってらっしゃる方、もちろん橋下さんに投票された方も大阪市は大事やと思ってらっしゃる方いっぱいいらっしゃるでしょうから、そういう方達の思いをどういうかたちで実現されるのかいうのをしっかり見せていただきたい。やはり予算というものでかたちづくられるもんだと思いますから、それを見守りたいなという意味でウォッチャーです。別にメディアに絶対出ませんよとか、あるいは何かものを書きませんよとかそういう意味でもないですし、まだもうちょっと時間下さいというつもりです。はい。自分の中では。以上2つ、2点にお答えしたつもりですが、それでいいですか?

記者

はい。

記者

よろしくお願いします。市長選から3週間経ちまして、改めて選挙で示された民意というものをどのように受け止められているのかということが1点と、生活保護問題の取組みなど道半ばで終わってしまったものがあるかと思うんですが、やり残したことについてどのようなものがあるのか、最後に退職金の一部をですね、釜石市のほうに寄付したいと意向、示されてたかと思うんですが、いつ、いくらですね、寄付されるのかお決まりでしたら教えていただけないでしょうか。

市長

ありがとうございます。選挙戦で示された民意をどう判断するのかというのは私が分析することなのかどうか正直分かりません。ただやっぱりいろんな新聞等を読んでおりまして、大きな変革を期待する、これは私が通った時も同じだったと思うんです。ある意味。その変革の速度というものが非常に派手で、なおかつ、実態が伴っているかのような見え方を、多分期待されているのかな。一方やはりこれは統一地方選の時にも、それから今回の選挙終わってからも、なんて言うんですかね、既成政党に対する頼りなさみたいなものが、新しいものを求めるという、閉塞感を打破してくれ、これも同じ意味なんです。それだろうなと思っています。
自分自身がやったことというものは、特にこの大阪市役所っていうものが、非常に大きな権力機構として存在し、なおかつ縦割り行政のミニ国家みたいにガチガチになってたものを、民間から入ったということで、いろいろな横串を通すことができたことによって動いたことはいくつもあります。ただ、それが本当に直接日々の市民の暮らしにどう関わっているのかという部分を、お分かりいただけなかった点は多々あるだろうなと。思い返してみても、例えば浪速区の個室ビデオのキャッツが炎上したときに、16人の方が亡くなられたんですかね、あの時にやはり法律の不備というものを直接感じました。なおかつ消防局だけではなくて、計画調整局との連携というものによって、1年後、1ヶ月後に特別査察隊、消防の査察隊ができて、1年後に法律改正まで進むことができたということや、保育所待機児童の解消を巡っても局間の壁を少し、風通しを良くするだけで動いたこともある。そして生活保護問題。萩之茶屋の小学校の横の屋台問題も、これも局間連携があったからできたことだし、生活保護に関してはちょうど昨日発表させていただきましたけれども、指定(医療機関)の取り消しという、全国でも珍しいかたちをとることができたのも徹底した不正は許さない、しかし弱い人は助けますよという医療機関の協力を得て、2年以上に渡ってやれた動き、確かに道半ばっていうものは沢山ありますが、これ何が完結形か、完成形かっていうと、いつまでやってもでけへんやろという部分もあります。助走はできたのかなというふうに思います。それはあちこち政令市とそれから大阪市の隣接市との連携にも繋がっておりますし、そういう連携ということで言えば、救急安心センターというものを大阪市が主導して始めることができて、わずか1年の間に大阪府下全域に広げることができたことも大きいですね。あと釜石市への寄付ですけれども、これは退職金が19日には振り込まれるということですから、19日に釜石市の復興基金のほうに一定額を寄付しようと、これは匿名であり、寄付金額も表示しないというところに、チェックボックス入れましたんで、まだ送ってませんけど、19日に一定額を送ろうと思っています。はい。

記者

4年間お疲れ様でした。

市長

ありがとうございます。

記者

2点お伺いします。1つは市民協働ですけれども、いちばん力を入れられたうちの1つだと思うんですが、橋下次期市長もですね、そこはどういうかたちか分かりませんけれども引き継いでいきたいとおっしゃっていましたが、市民協働のですね、平松市長が考える核になる部分、そのイベント入れることだけではないと思いますので、どういったところを引き継いでいただきたいかという、その部分が1点とですね、あとこの間いろいろとご挨拶に回られたと思うんですけれども、そのご挨拶回られた中でですね、印象に残った言葉とかですね、有難かった言葉、厳しかった言葉、もしございましたらそれを教えていただければと思います。

市長

引き継ぐと言われた市民協働がどれを引き継いでいただけるのか、まだ表へ出ていないというのが印象です。私がやろうとした市民協働というのは、橋下さんがしょっちゅう言っているもっともっと小さい自治体ならばこそできるということを大胆にもこの大阪市でやろうとしたことが1つの大きな特徴ではないかというふうに自分では感じています。大都市なんですが、大都市そしていちばん住みたいまちやと、まさしくそこで、行政に本当に借金しか残っていないような状況で引き継いで、負の遺産の整理をしっかりとやりながら、財務規律を守ってある程度の財政改革をやらせていただいた。一方で市民の皆さんが、本当に自分達の住んでいる地域、そのまちの安全・安心に凄い思いを持って取り組んでいただいている方達が数多くいらっしゃるという現場に行き会うことができました。そういった方達と一緒にいろんなことを話し合いながら、前向きの努力を重ねる。だから何人分もの仕事ではあったんでしょうが、それを職員の協力を得ることと、それから市民の本当に前向きにボランティアをやっていただいている人達のご協力を得られたことで、一定実績を上げることができた。もちろんそこには警察の協力も得られた街頭犯罪のワースト1返上への動きも当然あります。やっぱり大都市ならばこそ、逆に都市格というものが今後の成長戦略の中で、1つの大きな柱になると思ってますんで、是非その市民協働を引き継ぐとおっしゃっている橋下さんの、新市長の方針というものがどこにあるのか、まだ見えてませんので、是非今多くのボランティアをやっていただいていた市民の皆さんも不安に感じておられる部分とかあると思いますんで、それに1日も早く答えていただければ、少しでも安心されるんではないかなっていう思いです。
ご挨拶回りました時のその印象に残った点っていうと、色々な面がありまして、ここで言える事と言えない事もありますが、敗者としてご挨拶に伺っておりますんで、そんなに厳しい叱責もなく、逆に地道にやりすぎた部分が訴える力に欠けたのかなぁっという部分をおっしゃる方はございました。どなたというわけにはいきません。あと府警本部長にお会いした時に11月の大阪市の街頭犯罪の速報値をチラッと見せていただいたら、相変わらずひったくりはワースト1ではありません。ワースト3と、まだまだ多いんですけども、一時期の突出して多かった大阪市の現状からすると、本当に市民の皆さんのご協力を得られたから、そして大阪府警の多大なご協力を得られたから前進したんだなっていう思いが印象に残りました。以上です。よろしいですか。

記者

はい。

記者

4年間色々とありがとうございました。

記者

4つ、短い質問ですがあります。まずですね選挙後ですね、選挙開票の当日は会見も拝見したんですけれども、その時は直後ということもありましたので、あれから3週間お気持ちの変化、選挙直後それからしばらく経ってお気持ちの変化がどのようにあったのかということと、あと平松市長を国政にというような声も聞いたりすることがあるんですが、今後国政というものにどのようにお考えになっているのかと、片や国政にっていうおっしゃってる方もいらっしゃるので、市長のお考えをお伺いしたいです。あと3点目が今朝ご家族からはどのようなお言葉があったのか、もしくは昨日の夜でもいいんですけれども、ということと、あと最後にこれも何度も聞かせていただいた質問ではあるんですが、この4年間一生懸命地道にやってこられて、一方で橋下さんという、なかなかいない存在の人と同じ時期過ごされて、改めて今日という日に、この橋下さんという人と一緒にやってきた市長、市長という時間をどのように振り返られているのか、もう一度教えてください。

市長

まず1問目の開票結果を受けた後の3週間の気持ちの整理ですが、これはもうなかなか一言でこれこそ難しいなあと思います。ただはっきりとした結果が出たわけですから、それについてとやかく言うつもりは全くないし、75万という人が支持された方向性というものが、本当に支持した人の気持ちの通りなのかどうかっていうものが、どう出てくるんだろうなっていう思いで新聞は読んでました。いろんな思いがありましたが、やはり市長、知事これは4問目になるんだと思いますが、私が市長になって橋下さんが知事になられて、この大阪市役所で、文化論争みたいなかたちになったことがあります。ここまで景気も後退し、そして国の経済も先行きが見通せない、しかも震災という大変な国難ともいえるものを受けて、じゃあ文化を誰が残すんだというものを、壊すのは簡単ですが、二度とつくり上げられないものはいっぱいあるっていう思いが、レクチャーの中で色々おっしゃった、あるいは終わってからぶら下がりで発言されたことを、本当に実行されるのかどうか、私自身としては非常に残念な報道がありましたんで、そうならないでほしいなっていう思いがあります。国政は聞いたことないんですけど、誰がそんなことおっしゃってんのか、さっきもご質問ありましたが、その政治家をもう目指さないという、敗戦後すぐの発言でしたか、登庁してからの発言でしたか、自分自身、その政治家としての発信力よりも、やっぱり行政としての多くの市民生活に責任を持つ立場のほうを重要視して4年やってまいりましたんで、今はまだそんなことを考える余裕もございませんし、この国がどうあるべきか、みたいなものを大所高所から論ずるだけの知識も今は持ち合わせておりません。評論家的にはいくらでも言えるんですけどね、はい。
今朝、そうですね、月並み、長い間お疲れ様でしたと、また娘からもお疲れ様でしたというメールもらいました。
橋下さん、ここまで断言できる人っていうのは、私は今までお会いしたことがない。何もかも断定、断言、違うものはあなたが間違っていると、言える人に、私の人生の中でここまで強い方にお会いするのは初めてでした。ですからずいぶん戸惑った部分もありますが、その中で私自身は大阪都というものの、市民にメリットをもたらさないという思いで、職員と共に大阪市民のためにいろいろな発信をしてまいりました。これは政治活動でもなんでもなく、大阪市を統括する、あるいは大阪市の行政のリーダーとして当たり前のことをやらせていただいただけやと思っています。それでいいでしょうか。足りないところあれば聞いていただいていいですよ。

記者

橋下さんっていう存在は、平松市政にとってプラスの部分というのはありましたか。

市長

凄い発信力ではあるんですが、裏付けがどこにあるのかっていうのを言わないでいい楽さっていうのは、これは間接行政と言われる府を知事としておやりになってた時代と、本当に現場を抱える直接行政の部分とでずいぶん違う面が出ないと、現場は混乱するところはずいぶんあるんじゃないかなっていう危惧は持ってます。でも、そういう部分をきっと誰かに任せるんだっていうふうにおっしゃれる方ですから、違うなぁという、そういう違いは感じますね。

記者

4年間お疲れ様でした。

市長

ありがとうございます。

記者

4年前にですね、初めての民間人市長として市役所に入られて、大阪市役所という大きな組織がご自身にとってどういうものだったのかと、非常に手強かったのか、あるいは頼もしかったのか、あるいはここは変えられたけどもここは変えられ、変えれなかったとか、そういった大阪市役所という組織自体の印象、思い、今の思いについてお聞かせ下さい。あとそれとあと、ご自身で区政改革、ずっと進めてこられましたが、橋下さんが今打ち出してあるのも区長の公募であるとか、区長権限の予算編成権を与えたりとか、人事権与えたりとかいう、区長権限の強化についてどのようにご覧なってるか、上手くいくというふうにご覧になってるのか、そのあたりのお考えをお願いします。

市長

やっぱり凄い組織であることは間違いないです、大阪市役所っていうのは。なぜそう凄いのかっていうと日本の中で政令市その財政規模だけではなくて、あらゆる面で突出しているっていうのは名古屋と横浜と大阪でやりました、当時は中田市長だったんですけども、横浜の。都市州というものを目指すという動きの中でも明らかになりました。一方、かといってじゃあ民間から出てきたことによって「ちょっと待てそれちゃうんちゃうか」というその一言で柔軟に変われる部分は数多くありましたんで、もちろんそういう気が付くまでに半年あるいは1年くらいかかりましたが、残りの時間というのは、割と私が言うことを先回りして、これは市長は多分こういうふうな方向行くと思うからというかたちで、先々いろいろなことに手を付けてくれて、1回目の選挙のマニフェストについてもかなりの部分実現できた部分あるんではないかと、そういう意味では感謝しますね。一方やっぱり職員の不祥事、これを根絶するのは非常に難しいなあ、やっぱり長年にわたって慣習として続けられてきた仕事のやり方みたいなものを、一朝一夕に変えられるとは思ってはいませんでしたが、なかなか難しい面がありました。ただ、政令市っていうか、あらゆる自治体の中でいちばん厳しい服務規律、それを職員倫理条例というかたちで条例化しましたので、あとはその職員の能力評価みたいなものが、しっかり裏打ちされた条例の運用ができればもっともっと強い組織になると思います。住民にいちばん近い自治体であり、なおかつ大都市としての行政能力、都市行政をやらないといけないと、という部分で本当に多様な人材を抱えています。この人材を是非有効に使うことこそが、現時点で大阪市民にとっていちばんプラスになる方向やろうという思いで取り組んできました。それから区政改革、これもですね、私、思いつきだけでやっているわけではなくて、何回にもわたるその検討委員会、識者の方とそれから現場にタスクフォースで入っていただいたような意見も、経済界の人たちと共有して練り上げてきたもんですから、確実に改革が進んでいるという部分も1人1人の市民の方にまだまだお示しできていないんだろうなと、でも向かってる方向というのは、例えば区政会議にしろ、それから小学校下の委員会の、にしても間違いない方向やと思いますよ。それをどう権威的に裏付けするのかという段階にいよいよ入っていこうかというところですから、新市長がどういうふうにそれをご覧になるのかという部分じゃないかなぁと思います。あらゆるデータが全部公になって残ってますんで、それをしっかり見ていただけるかどうかという部分でしょうね。
公募、これがよく分かりません。実際にやってみてどういうかたちになるのか、なおかつ、区長の公募というものにどういう方が応募されるのか、外部から応募されるのか、内部の方が手を挙げるのか、内部公募というかたちは既にやっておりましたんで、それによって既に区長になっている人達も何人もいますんで、それを公にされるということで、これはずっと言っておられる都構想と区長公選制ということの2本柱があったはずなんですけども、それとはまた違う動きのようにも見えますしね。それも実際に19日新市長になられて、どういう基準で誰がお決めになるのかみたいなものがはっきりして、本当に外部からこられた方が公募区長として実際に各区にお入りになったときにどういう仕事をされるのか、ちょっと私には今、現時点では想像はつかないです。いいでしょうか。

記者

1点だけ、19日から就任する橋下さんに何かエール、言葉を贈るとしたらどんな言葉でしょうか。

市長

やはり、大阪市をどうされるのか、まだまだよく見えない部分があります。府市統合本部が目指すものを早く見せていただければと思います。市民も、多くの大阪市民もおそらく不安な思いで見ておられると思いますんで、それは今後話し合いの中で見えてくるんだってのがいつもおっしゃることなんで、じゃあその話し合いがどういうスピードで、具体的にどう見えるのか、選挙でおっしゃってた大阪市はなくしませんということがどういうかたちになるのかみたいなものを是非早くお示しいただかないと、ボランティアとかいろんなかたちで協力していただいた市民の方も不安に思ってらっしゃる方がいらっしゃると思います。是非それを早く取り除いていただきたい。はい。よろしくお願いします。はい。

記者

4年間お疲れ様でした。3点あるんですけども、4年間を振り返って自己採点すると何点でしょうか、2点目が大阪都構想について平松市長は大阪都妄想であると、大阪市の財源と資産を簒奪するもので、実現性も非常に疑わしいというようなことをおっしゃっておられたと思うんですが、今現在、大阪都構想についてはどうお考えになっているか、3点目は先ほどのちょっと質問とかぶるんですが、橋下さんは平松市長に対して、アドバイスいただけるのであればいただきたいとおっしゃってたんですが、19日の引き継ぎ式のときには、そういった場面がもしあるのでしたらどういったことをアドバイスされるのかという3点をお願いします。

市長

はい。自己採点、これはいつも聞かれるんですけれども、私にはちょっと採点のしようがないというのが正直なとこです。まぁ52万という票をいただいたわけですが、選挙には負けました。ですからそれが全てかなぁというふうに思ってます。都構想については、相変わらず選挙後、これが都構想なんですとおっしゃった新聞報道は見ましたが、直接お聞きしたわけではないので、ご本人が今、何をもって都構想とおっしゃってるのかというのを確かめる必要はあるだろうと思います。大阪市民にとってどれだけのメリットがあるのかというのをさえ示していただければと、市民も納得する部分が多い、多いんではないかと思います。それと引き継ぎの時に橋下さんにアドバイスって、もう引き継ぎはもう完全にセレモニーでもあり、しかし、それをないがしろにはできない、非常に重要な責任と権限の委譲というかたちですので、そこでアドバイスがどうのこうのという話にはおそらくならないと思います。粛々と引き継ぎをさせていただきます。

記者

今のところは橋下さん側からそういう打診はないということで。

市長はい。ありません。

記者

ありがとうございます。

記者

4年間お疲れ様でした。

市長

はい。

記者

今まで、これまでの質問で市役所をどう変えてきたっていうお話をしていただいたかと思うんですけど、ご自身、民間から市長というかたちで市役所に入ってご自身がこういうふうに変わったなということは何かありますかという点と、橋下新市長との関わりはこの間いろいろ取り沙汰されてきましたが、もし、何かほかの掛け違いがこうなかったら、もっとこんなことがやれたのになと、改めて振り返るものとか、もっとこんなことが一緒にしたかったと思う点は何かありますか。

市長

えっと自分が変わったというのはやはりあの、基礎自治体のトップであり、政令市のトップが何を目指すべきかっていうものを、もちろん市長選挙に出る時に、漠然と考えてたものが、再選にチャレンジした時の選挙戦ではっきりとかたちになったと思える部分、ただし、それは多くの人の支持を得られることはできなかったという部分ですよ。自分が変わったと、いや、私自身は今までの人生経験を活かす中で、どれだけ多くの人の意見を聞きながらある方向を、目指すべき方向性を探るというやり方のままやらせていただきましたんで、大きく変わったとは思っていません。
ボタンの掛け違いという部分では、もうあちこちで何度も言っておりますが、やはりあの水道協議、府市統合協議が一旦コンセッションというかたちになっていながら、理由説明がなく市の側の信用不足やみたいなかたちで一方的におっしゃって以降、もう掛け違い、違いどころではない関係になってしまったのが残念といえば残念です。あの時に本当にもっともっとお互いに、これは私自身もそうなんでしょう、お互いに腹を割っていろんなかたちを模索していれば解決できる部分はあったと思いますし、現在、あの府市統合本部なるもので、話し合われて、話し合われようとしていることでも、別に統合という名前を付けなくても、府市協調、あるいは府市協働本部みたいなものをつくれば可能なことがいくらでもあるのになというのが正直なとこですね。

市長

あと、記者さん。

記者

4年間お疲れ様でした。ありがとうございました。3点ございます。選挙までは、特に中盤まで反独裁と訴えられて、結果52万票という大きな民意を得られたと思うんですが、選挙後も橋下さんのあの言動、新聞などでご覧になって、その反独裁っていう点については、どういうふうに今受け止められているのかということと、橋下さんは、維新の会は引き続き教育基本条例については、内容、修正には応じるとしていますけれども、依然提出していくと、成立させていく構えですが、これについてはどのように考えられてるか、あとは、4年間で最も印象に残っている出来事、何でも結構ですが挙げていただければと思います。以上です。

市長

反独裁という部分で、やっぱり選挙後いろんな人達が、絶賛される橋下さんの言動というものがあります。本当にそうだろうかという思いをやはり対立軸として戦った私としてはもうちょっと冷静な分析っていうものは必要になるだろう、ただしこれもまだ新しく市長として執務をされているわけではないので、市長として仕事をされていく中で出てくるんではないかなっていうふうに思います。
教育基本条例については、私はじゃあ対抗案を出しなさいよっていう動きに対しても別に必要ないというふうに思ってますし。教育、特に公教育、公教育のあり方っていうものを、今教育基本条例が示しておられるようなかたちで進めようとされること自体に対する恐怖感っていうものを持っています。何らかのかたちで今後また、大阪市会では否決はされてますけれども、違うかたちで出てくる可能性もありますんで、その時にじゃあ本当にこれで日本の教育というものが、為政者、トップが変わる度にいろんな変わり方をしていいんだろうかとか、様々な問題点がありますんで、それについては依然として私は大きな危惧を持っています。
4年間でいちばん印象に残っていること、これはね、ほんと数多くあるんです、でもやっぱり何と言っても今年3月11日に起きた、あのあらゆる価値観を一瞬にして洗い流してしまうという東日本大震災とそれを受けたあとの政令市としての役割、これは戦後55年間ですか、政令市制度ができて。いろんなかたちで政令市が積み重ねてきた自治体の持っている力をどう発揮するのか。関西広域連合として対口支援というかたちをとっていただいた、その枠組みをすっとつくっていただいたことにはありがたいんですけれども、それと同時にじゃ、何が必要なのかということを現場に人員を派遣しながら、息の長い支援をさせていただいた政令市っていうものと、それと対口支援マニュアルっていうのを政令市長会にも提案させていただいたり、ま、地道な活動とともに、そういう大きな日本の中での大都市が果たすべき役割みたいなものはある程度生活保護行政を巡っても発信できたかと思っています。是非引き継いでいただければありがたいんですけれども。そういう思いです。

記者

4年間お疲れ様でした。ありがとうございました。4年間務められてきて、ちょっとお尋ねしたいんですけれども、市長とはどういうものであって、どういうふうな人がなるべきであって、もし逆に市長とはどういう人がなってはいけない、どういうことを気をつけなきゃいけないっていうのをお願いします。

市長

これは答えられないですよ、でも。それに答えが出せたとしても、いや、そんなことはないっていう意見をお持ちの方もたくさんいらっしゃるし、私自身は何を思ってたかっていうことで答えに代えさせていただくとしたら、やはり大阪市民を代表する、市民のために何をなすべきか、今市民が抱えている問題点で最重要課題は何なのか、一方で政令市として、大都市としてあるべき姿をどう追求していけばいいのか、非常に欲張った役目をしなければならないのが政令市のトップであり、これが人口規模云々とかで左右されるものではなく、むしろ効率化を求められるんであれば、より一層市民に近いところの目配りが利く行政区を統括するトップというものが、政令市の中で求められる、私は市長だと思って、それを目指してやってきた。ですから、まちの規模によって求められるトップの像というのは違うと思います。まぁ、一貫して、政治家政治家っていう思いは自分の中にはなかったっていうのは事実です。

市長

本当にありがとうございました。まだまだ、また、いろんなとこで皆さんにお会いすることもあるかと思いますし、そして、その中であの時言えなかったことっていうのをいつか言えるようになるのかもしれませんが、まぁ、それはそれで今言うべきことではないというのが、やはり75万という大きな支持をいただいた方に対する私なりの節度であるというふうに思っております。そういったところもお含みおきいただいて、なおかつ、自分自身メディア出身でございます。第4の権力とも言われます。権力に対するチェックというものがどうあるべきかというものを、大きなマスコミの力というものの示すべきひとつの方向性であろうと私は信じて仕事をしてきた経験がございますので、是非皆さまにも流れに棹さすのか、流れに乗ってしまうのか、いや、流れを変えるのか、いろんな方向性があると思います。是非そういった面でのご活躍を私からもお願いしたいと思います。本当にありがとうございました。どうも失礼します。

探している情報が見つからない

このページの作成者・問合せ先

大阪市 政策企画室市民情報部報道担当

住所:〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目3番20号(大阪市役所5階)

電話:06-6208-7261

ファックス:06-6227-9872

メール送信フォーム