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のどかな農村

2019年2月7日

ページ番号:66225

 このあたりは、水はけの悪い土地だったので、米作りは、たいへん苦労しました。畑では、麦、さつまいも、すいか、まくわうりなどが作られていました。
なかでも金時にんじんは、たいへんさかんに作られるようになりました。
にんじん作りによい土を運びこんだり、夏の水かげんなどには苦労しました。そのおかげで、1軒あたりのとれ高が全国でも一番多くなりました。
このほか、いろいろな野菜作りを工夫したので、全国でも、野菜づくりで有名になりました。しかし、工場や住宅が増え、いまでは、野菜をつくる畑が少なくなってしまいました。
 大和川の水の取り入れ口は、東と西にありました。そこから、いくすじもの水路がつけられていました。
 日でりのときは、「足ふみ水車」で、水路の水を田んぼにくみ上げていきました。水車は、使う順番を決めてありました。そのため、夜中の12時ごろにやっと使える家もありました。そこで、線香に火をつけて、それが一本燃えると、次の人に交代して、水をくみ上げるようなこともしていました。
大正の終わりごろから、いままでの水の取り入れ口を使わないで、十三間川から、水をとりいれるようになりましたが、足ふみ水車は、1950年(昭25)ごろまで使われていました。

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