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区の沿革

2017年12月19日

ページ番号:66


 天王寺区は、大阪市のほぼ中央に位置し、地勢は西高東低で南北にのびる帯状の上町丘陵と呼ばれる台地にある市街地です。この起伏の多い地勢は現在の上町台地が遠い昔は大阪湾に突き出るように伸びた帯状の岬であった頃の海岸線の面影を残すもので、人々が縄文弥生の時代からここに定住し、大阪聚落の最も古い発生地でありました。また、わが国の古代国家が形成されたその昔から瀬戸内海を通じて流入する外国文化の玄関口として発展し、人々が行き交う政治経済の要衝の地でもありました。
 大正14年4月1日に大阪市が周辺の東成・西成両郡44ヵ町村を併合した、いわゆる大阪市第2次市域拡張が行われた際に、おおむね当時の南区から分かれ創設され、区名は四天王寺の存在によって、付近一帯が古来天王寺の名で呼ばれていたことに由来します。その区域は当時の学区及び財産区を主体として定められたので、隣接区との境界線は出入りの多い複雑な区形となりました。
 昭和18年4月1日の大阪市行政区再編成により、その時に新区の境界は原則として河川・鉄道及び軌道・道路・地勢の高低(丘陵線)等により定められたので、天王寺区の複雑な境界は解消されました。すなわち清堀地区(味原・真田山地区)が東区から編入となり、東平地区の上町筋以西が南区へ、松屋町筋以西が浪速区にそれぞれ移り、現在の天王寺区が形成されました。

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