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咲くやこの花コレクション/
咲くやこの花賞受賞記念

笠井友仁の「演出」体験講座
演技ワークショップ

~短いシーンを演じ、演出を受けてみよう~

2021年11月19日(金)~21日(日)
■第1回 11/19(金)17:30~19:30
旭区民センター 小ホール
■第2回 11/20(土)11:00~13:00
旭区民センター 小ホール
■第3回 11/21(日)11:00~13:00
芸術創造館

講師/
笠井友仁
(令和2年度 演劇・舞踊部門[演出]受賞)

2021年11月19日(金)~21日(日)に大阪市立旭区民センターと併設の大阪市立芸術創造館にて、咲くやこの花賞受賞記念「笠井友仁の『演出』体験講座・演技と演出のワークショップ」が開催されました。見学を終えてまず最初に抱いたのは「なぜ自分は参加者ではないのだー!」という思い。残念なような、羨ましいような。それほど参加者の表情は喜びに満ち、当事者でしか味わえない充足感と興奮を間近に見ることができました。事実、早くも「第2弾を」との声の多かったこと! 世間には初心者から参加できるユニークな企画が意外なほど身近にあり、それを探り当て参加することで、豊かな時間を得ている人たちがいる。彼らの好奇心と行動力に目を開かれる思いでした。そんな老若男女が集い、回を追うごとに熱気と一体感が増した当日の様子を詳細なレポートと共に振り返ります。
本企画は、咲くやこの花賞受賞者による記念事業の一環です。今回は1講座2時間とし、演技は1回ごとの入れ替え制の全3講座、演出は通し参加を条件に全4講座が実施されました。演出ワークショップは同シリーズ初の試みだけに、どれほどの関心を集められるのか未知数でしたが、蓋を開ければ定員を大幅に上回る応募がありました。各回には「見学」枠も設けられ、惜しくも選考から外れた方や、参加者の中にも別日は見学を希望される方があり、それぞれに活気ある講座が展開されました。

【演技1回目】11月19日(金)17:30~19:30

数字の当てっこで自己紹介、りんご狩りのストレッチもユニーク!

演技ワークショップでは短いシーンを演じて演出を受けることをゴールに、ストレッチなどの準備から学びます。講座の始まりは、参加者14名の自己紹介から。笠井さんの提案はユニークです。最初に好きな「数字」を思い浮かべ、次に質問によって相手の数字を予想してみようというのです。例えばそれが「6」だとして、「タコの足よりも多いですか?」の質問に対し、相手が「いいえ」と答えた場合、数字は「7以下だな」と推測できるといった具合に。よーいドンで始めると参加者の挙動は様々。積極的に動き回るひと、その場で待つひと、隣の人に視線を向けるひと。笠井さんは参加者の間を縫うように歩き回りながら「より多くの人と会話してみてください」と促します。皆さんの声も徐々に大きくなり、場が活気づき始めます。10分程度したところで終了。笠井さんから「数字の小さい方から順に並んでみましょう」との指示が飛びます。質問で得た答えを頼りに自分の場所に当たりを付け、横一列に並ぶ参加者たち。そのまま円になって答え合わせです。名前と共に数字を発表します。「1、4、7、8」。おお~、良い感じ! 続けて「38、16、55、49」。ああ、惜しい。最後は「240、8823」と危なげなくフィニッシュ。自然と拍手が沸き起こり、参加者の緊張も笑顔と共にほぐれたようです。

2人1組で軽いストレッチを終えると、次は本格的に身体を動かします。「両腕をあげ、頭上のリンゴを一つずつ丁寧に両手でもぎ取り、足元の籠に収めてください」。ここでも笠井さんの指示は遊び心に溢れています。1セット1分程度を2回。具体的なシチュエーションを得て、演じるように収穫する人がいたり。「一生懸命できるだけ多く収穫してください」との指示に、数を狙ったスピード重視の人がいたり。2回目になると「1回目よりも多く」の条件が付いたことで、一層ゲーム性を帯びた印象に。皆さん一心不乱の表情です。動きとしては全身で伸びをしてからのスクワット。ポイントは足裏をべったりと付けたまま上に伸びて、かがむ時は曲げた膝はつま先より前に出ないこと。「しっかり腰を落として」「無理はせずに」「30秒経過」「あと5秒」。語り口は穏やかですが、リズミカルに運動を促す笠井さん。終了する頃には、皆さんほどよく息が上がっています。一旦座って呼吸を整える中、笠井さんが口を開きます。「演技において下半身は重要です。自分の身体を支え、表現を支える。下半身を鍛えることが重要です」。表現における身体の在り方の一端が語られました。

ごっこ遊びでイマジネーションを共有し、演技の神髄に触れる。

見学側も一体感を味わえたのが、続く大縄跳びの項目です。回す人と飛ぶ人に分かれ、真剣な“ごっこ遊び”の始まりです。両端で回す人が床から見えない縄の端を拾い上げ、せーので息を合わせてぐわん、ぐわん腕を回すと、あら不思議。見えない縄が見えてくる。飛ぶ人たちの仕草も想像力に拍車をかけます。縄に引っかからないよう、上体を反らす人。頭を上下させ、縄に入るタイミングを見計らう人。つられてこちらも見えない縄の軌道を追い始めます。得手不得手はあるもので、タイミングがずれたり、足が上がり切らなかったり。失敗した人はちゃんと(?)足が縄に引っかかって見えるのも面白い。思わず「あ~」と声が漏れたほど。一巡すると「次は声に出して数字を数えながら」と笠井さん。しかも「50回連続で」との条件が付き、全員の集中力が高まります。「1、2、3」とテンポよく順番に。20、30と回が進む頃には参加者の表情も真剣そのもの。50回連続で成功すると自然と拍手が沸き起こり一体感が生まれました。参加者が素直に縄を感じて飛んでくれたことに感謝する笠井さん。「上手に飛べているように見えたり、ひっかかってみえたり。見えないものをイメージし、ちゃんと相手にそれを見せられた。素晴らしいと思う。これが演技のひとつの神髄です」。その言葉に、皆さんも納得した表情でうなずく姿が見られました。

基本の姿勢を整え発声する。吐く息の量で表現のメリハリを学ぶ。

「はじめての人や場所で緊張もあると思ます。くれぐれも無理はしないように。水分補給やトイレは自由に」と笠井さん。度々、過度な緊張は無くすようアナウンスが入ります。 ここからは発声の練習です。肩幅に足を開き、膝の後ろに拳ひとつ分の空間を作るように膝を緩めます。下半身は軽く腰を落とした状態で重心を下に保ちつつ、逆に上半身は頭のてっぺんから一本の糸で天井に引っ張り上げられているようなイメージで背筋を伸ばす。これが基本の立ち姿勢。そこから「スーー」と口を閉じ気味に息を吐き出します。吐く息の量は均一に、カウント内に吐き切るのがポイント。吐き切ることで、自然と吸う呼吸へと移行することを実感します。お腹を緩めて吸って、同じカウントで腹圧を掛けて一定量で吐き切る。10カウントから、8、6、4と短いカウントでも同様に。「吐き切れてない人が多いですよ」「4カウントは短いので、本当に強く吐きますよ」「最初から強く吐いて」「姿勢に気を付けますよ」。吸って吐いてをリズミカルに行いながら、参加者それぞれが自身の呼吸と体に向き合い微調整を行います。 次は「今日は暑いですね」などの台詞を用います。4カウント、10カウントなとカウントごとに変化する声質や音量に注目します。吸う量は同じでもカウントが短いと当然、吐く息は強く声は強く大きくなります。ここでの学びは、台詞や役の個性によって吐く量を意識すること。「強く吐いて短く発声するのか、弱く吐いて長く発声するのか。調節することで演技にメリハリを付けられる。台詞や演技に応用すると役立つと思います」。またひとつ演じるための術を獲得しました。

迷ったらハミングに立ち返る。腹圧と連動した発声法を徹底する。

ここからはより実践的に、ハミングから発声に入る方法を学びます。笠井さんは「んーー」とハミングしながら頬に触れ、音の振動を確認するよう促します。「できればおでこや頭まで振動するようハミングしてみましょう」。一斉に鳴るハミングが空間を振動させます。「最初からこんなに上手くいくことないですよ。皆さん上手い!」と驚き顔の笠井さん。カウントを取りながら何度か繰り返し、慣らしたところで「発声に変えていきますね」。「んーー」のハミングから徐々に口を開くことで、口内にこもっていた音を外に出す。10カウントで繰り返します。「ハミングから3カウントを目安に口を開いて5、6で完全に口を開き、10カウントで息を吐き切りますよ」「12カウントで行きましょう」「息を使い切ってない人が多いので使い切ってください」「とってもいいですよ」。繰り返すことで身体になじませます。  次はハミング無しでの発声です。笠井さんは「迷ったらハミングから発声するように」と限られた時間内での習得を気遣い、コツを伝えます。「まーー」と発声しつつ10、8、4とカウントを変えながらの反復練習です。「1、2割まだお腹の中に空気が残っている状態ですよ」。カウントが短くなるに比例して、どんどん空間に響く声も強く大きくなります。「いいですよ。皆さんどこかで練習してきました?」と褒められ、一瞬空気が華やぎます。ここで終了。やはり体力を使うのか、皆さん床に座ってまとめの言葉に耳を傾けます。「1時間駆け足でしたが、ウォームアップから発声までを行いました。息の量は非常に重要で、同時に基本の姿勢が重要になる。それらを意識することで、人に伝わる発語の仕方ができると思います」  短縮版とはいえ、今後も自主練に活かせる様々なポイントを聞くことができました。加えて、「人と違うことを気にしなくていい。発声、柔軟は基本の形を自分なりにやっていくのがいいと思います」と笠井さん。型に頼り切らず、自分の身体と向き合い、考えて動くことの重要性を促すような言葉も印象に残りました。

演技は台本の読み解きに始まる。必要なら前後の展開まで想像する。

後半からは台詞を使ったワークショップです。テキストは笠井さんが演出を手掛けた戯曲『アラビアの夜(著=ローラント・シンメルプフェニヒ/訳=大塚直/論創社/2012年)』からの抜粋。腕にビニール袋を3つも下げたまま部屋の鍵を開けようとするマンションの住人と、水道管の点検中にその場を通りかかった管理人との会話の場面です。「声を外に飛ばすように」との指示のもと、一行ずつ参加者が立って発声します。全員が声に出して台詞を確認すると、今度は台本を読み解く作業に移ります。「場所はどこか分かりますか」「この人は何者ですか?」「いま何をしているところですか」。問いの答えを探ることで、徐々に登場人物の心情や場の状況が具体性を帯び始めます。また『彼ったら、笑わないわ。』『なんだかボーッとしているみたい。心配だわ。』の2つの台詞は会話とは異なる“心の声”であり、「ひとつは相手に向けた台詞、もうひとつは心の中を観客に向けて言う台詞です。区別して言うようにしてみましょう」とのポイントが指摘されました。ここから2人1組となり発表に向けた稽古に入ります。要点は4つ。①配役を決める ②役名を変えるか否かを考える ③役の性別は不問につき語尾を調整して読み合わせをする ④2人で場面の背景や役の関係性を考えて、共有しながら演技の稽古をする。「15分程度したら声を掛けるので発表しましょう。では、スタート!」。歩き回りながら7組の稽古を見守る笠井さん。必要とあらば声を掛けます。

2人1組で演技発表。同じ台本でも解釈や空間演出は無限大と実感。

いよいよ発表です。「いつも順番を決めません。やりたい方から前に出てください。必ずしもやる必要はありません」。あくまでも自主性を重んじる笠井さんの言葉に緊張する人、背中を押される人。様々な反応が見て取れます。「演出を受けてみましょう。シーンの抜粋なので、手を叩いたら始めましょう」と促すと、テンポよく順番に7組全員発表することができました。セットもなにもない空間にそれぞれが玄関ドアや廊下などの配置を想定し、立ち位置や動線を考えて演じます。発表では組ごとに笠井さんがコメントします。「2人の関係性が見えて心温まる気がしました」「男女のペアということもあってか、2人の役の間に精神的な距離感があり、ユニークで良かったです」など。同じ設定、台詞でも解釈や演じ方によって受ける印象が異なります。ハンカチを使って暑さを表現する人や、「観客に背中は見せたくない」と正面を向いてドアの鍵を開ける仕草をする人には「工夫が良かったです」。とりわけ個性が出たのが、心の声を吐露する場面です。顔の向きや表情、声色で表情を付けやすく「心の声がリアルでしたね。不条理劇っぽい」組もあるなど、コメディにもシリアスにも味付けが可能なようでした。また「水道栓を探している動作をすることによって、相手も声を掛けやすくしている」と台本に書かれていない動作をする組や、「初めての後ろ姿ですね。舞台も広く使っていて良かったです」と空間構成に工夫を凝らす組も。彼らの発表からは、台詞のみならず相手の姿勢や動作によって言葉が促されること、空間を広く意識した演技には、観る側にも解放的な感覚を抱かせる作用があることなどの発見がありました。

課題への気付きが核となる。心身のニュートラルを起点に演技する。

あっという間に2時間の講座も終了です。限られた時間内で、笠井さんが一番に伝えたかったことは「気付くこと」の重要性です。「例えば、管理人が水道管の故障場所を探っていると気付いたからこそ、演技できた。気付きがないと演じることにも繋がらない。台本から気付く、他人の身体や演技から気付く。課題に気付かないと問題の解決法に結びつかない。それは他のどんな仕事でも同じです」。また、技術面では「ニュートラルを知ること」が最大のポイントであり、そこを起点に演技することで「極めて少ない力で大きな変化が見せられる」と笠井さんは話します。まずニュートラルについて「ギアが入っていない」「宙ぶらりん」「真ん中」「中間の状態」など、参加者と言葉を出し合いイメージを共有します。仮にここでは、心身に何の負荷もかかっていない「素の状態」をニュートラルと考えます。素の状態から演技を始めると小さな力で大きな変化を見せられるが、逆に素の状態からズレた場所から演技を始めると、ズレた分だけ別の力が必要になる、というのが笠井さんの考えです。
例えば、いつも笑顔の人が笑う演技をする場合、素の状態から笑うのに比べてより大きく笑う必要がある。あるいは少し角度を変えて、普段温厚な人が怒ると怖さが増すというのも、その原理に基づく力の作用だと言えます。いずれにせよ、表情や立ち姿など「自分のニュートラルを意識する」ことは、演技する上でとても重要な指針であることを学びました。笠井さんは言います。「映画などを観てみても俳優の顔は動きません。それは動くことで余計な情報が付いてしまうから。動きを失くした状態から変化を付ける。つまりその変化が演技になる。まずは自身のニュートラルに注目すると、様々な問題が解決すると思います」 最後は質疑応答の時間です。役を作り込む場合、内面と外見、どちらからアプローチすべきかとの質問に、笠井さんは配布資料の一枚を引き合いに話し始めます。そこにはリアリズム演劇の旗手スタニスラフスキーが提唱する論考から、内面と外見、両方の役作りのプロセスが表として記されています。「100年前から内面と外見、両方が必要だと言っている。どちらかではなく、興味のある方から取り組み、両方やるのがいい」と笠井さん。さらに「残念ながらこれだけをやっていたら良いという、正しい演技方法はないのです」とも。「重要なのは課題に対して自分はどう表現したいのか。そのためのアプローチをそれぞれのフィールドで考える。課題となるテーマに気付き、そのテーマをより先鋭化して焦点を絞らないと説得力のある表現に繋がらない」と指摘します。課題となるテーマを掘って掘って、言動を引き起こす核の部分に到達できれば、そこに向かって迷わず演技できる。その揺るぎなさが自信となり、説得力のある表現として観客に伝わるのかもしれません。演技する上でこれからじっくり向き合いたい虎の巻を2、3冊手にするような時間になったのではないでしょうか。

【演技2回目】11月20日(土)11:00~13:00

ウォームアップで歩きながら言葉を交わし、ゲーム感覚で自己紹介。

ストレッチから本読み→稽古→発表といった流れはそのままに、新たな参加者との演技講座の2回目です。午前中の開催でもあり、まずは心身を“起こす”作業から。室内を縦横無尽に歩き回ります。「踵からついて」「重心は前に」「空間を全員で満たすつもりで歩きましょう」。笠井さんの呼びかけに、皆さんの意識が内から外に開き始めます。「歩く速度を徐々に上げて」「ゆったりとした呼吸で」「視線はまっすぐ前を向いて」。この流れのまま自己紹介の準備に入ります。笠井さんの指示は4つです。①歩きながら他者に視線を向けて、目が合った人と挨拶し名前を告げる ②それぞれが準備した好きな番号について質問する ③問われた人は番号にまつわるエピソードを簡潔に答える ④相手の番号とエピソードを覚えておく。「なるべく多くの人と対話し、答えを覚えておいてください」。笠井さんの言葉に背中を押される参加者たち。視線が合った時の緊張が、言葉を交わすことでほぐれ、空間が徐々に温まっていくのを感じます。その後、笠井さんを中心に円となり、名前と数字を告げて自己紹介。笠井さんが「なぜその番号なのですか?」と問うと、答えを知っている他者が本人に代わりにエピソードを話すというのがユニークです。「なにわ男子が好きだそうで」「誕生日に関連していて」など。単に趣味や生年月日として聞くよりも小さなストーリーを介することで、ほんの一瞬思い出を共有したような心持ちに。初めましての方々に親密さを抱く感覚が印象的でした。2人1組で下半身の伸びを意識したストレッチをした後、運動量を上げたワークに入ります。

人間関係にはステイタスの差異がある。その逆転がドラマを生む。

今回は棒を使ったレッスンに挑戦します。ストレッチした人とペアを組み、1メートルほどの細長く折れやすいパスタのような棒を落とさず、折ることなく自由に扱おうというもの。使っていいのは人差し指の第一関節のみ。インターフォンを押す要領で棒がたゆまないよう両端から互いに指で圧をかけながら棒を支え合い、残りの身体は自由に動かします。わーわーと思わず声が出る人、慎重に無言で集中する人、棒を縦にする人、棒の下をくぐる人、走り出す人。無言の攻防戦を「楽しそうだな」と見学していたら、「これがアクションとリアクションの関係です」と笠井さん。ええ? これって演技論に通じる行為だったの!?

「相手に押されると自分は引く、相手が引くと自分は押す。演技では常に相手役との間にこれが起きています」。なるほど。この作用を意識して再度やってみることに。「自ら動かないように」「相手を動かし過ぎずに」。繊細な指示が飛びます。何度か相手を変えながら続けます。それまでの遊びの感覚から、次第に訓練のような雰囲気に。今度は「棒を見ずに、相手の目を見て」と変化を加えて。最終的に「棒を外してやってみましょう」。相変わらず人差し指で見えない架空の棒を支え合いつつ、自由に体勢を変えていく。相手に意識を集中させます。  さらに難易度を上げて「今度は棒をお互いのおでこで(!)支え合ってみましょう」。加えて笠井さんは「ステテイタスを意識する」よう求めます。ステイタスとは「立場」のようなもので、人と人が対峙する場面では、必ずこの立場の強弱が発生すると言います。しかも強弱は流動的で、その形勢が逆転する時に「ドラマが生まれる」のだと。「例えば立身出世のように、立場の逆転や変化を見せるのがドラマであり、物語になる」。おでこで架空の棒を支え合いながら、「意図せずステイタスの強弱が生まれたら、強い人はより強く、弱い人はより弱く意識的に強さを深め、その後力関係を逆転させてみましょう」。最後は相手との関係性をイメージしたワークで、レッスンの仕上げを行いました。

参加者を前に、それぞれがどんな関係性をイメージしていたのか質問する笠井さん。ある人は神の視点に立ち、ある人は嫁姑の関係を、またある人はパワハラの現場や好きな人との関係をイメージしていました。嘘がバレて彼女に問い詰められ、立場が逆転したと想像した男性は、ペアの女性に床に倒された時点で咄嗟に「殺される」と発していたと告白します。その一連の言動に「ふたりの関係性が出来ていて、その延長線上に自然と言葉が口をついて出た。理想的だと思います」と高評価の笠井さん。また、犬と飼い主をイメージしたという人には「普通は人のほうがステイタスが上だと思うんですけど、たまに犬の方がステイタスが上のお家もありますよね。そこでステイタスの逆転が起こって滑稽に見える」と笑いの構造を解説。他にも「正当性の低い人が高い人を攻撃する」八つ当たりの場合も、「立場の逆転が起こるため滑稽に見える」。また、ステイタスの変化が頻繁に繰り返されると、それは「争いごとのシーンに見える」といった応用が語られました。「舞台上で俳優たちが使っているのが作用と反作用、アクションとリアクションの関係性。それと、ステイタスの変化です」。人間関係や状況を俯瞰できるステイタスの観点は、日常のあらゆる場面でも活用できそうです。

演技の基礎、棒のレッスンに学ぶ相手役と“関係を結ぶこと”の重要性。

休憩を挟み、後半は台本を使った演技の稽古です。テキストは笠井さんが演出を手掛けた戯曲『アラビアの夜』からの抜粋です。腕にビニール袋を3つも下げたまま部屋の鍵を開けようとするマンションの住人と、水道管の点検中にその場を通りかかった管理人との会話のシーン。「手にした袋はいくつですか」「この人は誰ですか」。笠井さんの問いを呼び水に、最初は全員で、やがて2人1組でペアとなり台本を読み解きます。登場人物らが会話している場所はどこか? 時間帯やその日の気温、心の在り様にまで思索を深めます。ある程度世界観が立ち上ったペアから、半立ち稽古で動きの確認に移ります。当たり前ですが朗読劇と違い、演技者には言葉に連動した「自然な動き」が求められます。加えて、動線などの段取りの把握、言葉や表現を観客に届けることに意識を向ける必要があります。舞台の成り立ちをリアルタイムで見て行くと、俳優の仕事は単に台詞を覚え、役柄に没頭するだけに留まらず、付随した様々な作業や視点が必要であることに気付かされます。「棒のレッスンで得たアクション、リアクションの空気感を思い出して。視線を合わせて、相手との関係性を意識して崩さずに半立ち稽古してみましょう」と促す笠井さん。いよいよ、この後発表です。  本番では台詞の言い回しを使い慣れた関西弁に変換するペアがいたり、登場の仕方一つとっても上手、下手で違ったり。ペアごとに髄所に工夫が見られました。同じテキストでも台詞のテンポや話す姿勢によって、キャラクターから受ける印象も異なります。無限の可能性が楽しくもあり、もし自分が出演する側だと考えると、その途方もなさに気圧されるような気持にもなりました。それぞれの健闘を讃えた笠井さんが改めて、今回のレッスンで一番伝えたかったことを言葉にします。「相手役と関係性を結ぶこと。関係性が結べていれば、極端な言い方をすれば台詞はどうだっていいくらい。関係性が見えれば、どんな台詞でもリアリティが出る」。棒のレッスンで目指した“意識を途切れさせないことの重要性”を強調し、発表は終了となりました。

演技に絶対の方法論はない。目的を先鋭化し自らの方法で表現する。

最後の講義は「演技とは何か」についてです。笠井さんは表現を立ち上げる起点を「問題点」と表し、その問題点に気付くことが重要だと話しはじめます。「何事も問題点に気付かなければ解決できない。問題点に気付けたら、解決するためにはどんなアプローチが必要か考える」と思考の道筋を説明します。次に身体性。基本は「ニュートラル」にあると解きます。「車でいうギアが入っていない状態。全体の中間。宙ぶらりんの状態を身体で作って行く。姿勢は踵から頭の上まで、真っすぐが基本です」。ニュートラルな状態から肩をすぼめ、腰を丸めると老化して見えるなど、全体の中間を起点に表現すると「少しの変化で大きな表現ができる」と利点を説明します。「ニュートラルな身体を獲得すれば、効率的に大きな変化(演技)ができる」と笠井さん。さらに配布資料『スタニスラフスキー入門(著=ジーン・ベネディティ/訳=松本永実子/而立書房/2008年)』から引用した表を基に、内面と外面という2つの視点から演技について語ります。  「内面とは経験からくるもの。外面とは発言や動きによるもの。両方が組み合わさって演技になる」。さらに問題点から導き出した「目的を明確にして焦点を絞り、表現に繋げること」で役柄及び作品の強度が増すことも語られました。限られた時間内に言葉を尽くす笠井さん。「演技は人によってそれぞれ違いますし、相手によっても変わってきます。重要なのは目的を明確化し、それぞれでアプローチの方法を見つけていくこと。演技において『これだけやっておけばいい』とは考えずに、いてもらえればと良いと思います」。気持ちと身体、両面から強い表現につながるプロセスを学ぶことができました。  最後に質疑応答で講義は終了です。印象的だったのが棒レッスンついての疑問。「一人が後ろを向いた場合、おでこの棒はどうなるのか?」。笠井さんの答えは明快です。「棒は後頭部でもつながっているんです」。今回のレッスンでは棒の長さは限定的でしたが、実際の舞台上では棒の概念は「伸び縮みしている」とも。つまり、獲得したいのは「意識を向け続けることの重要性」であり、その感覚がつかめれば相手との関係性は距離や体勢に影響されないというのです。「人に限らず、小道具や美術ともつながれる。関係性を保てるなら応用してみましょう」。優れた問いにより、今日の学びがより深く腑に落ちた瞬間でした。

【演技3回目】11月21日(日)11:00~13:00

目に見えない事象を想像力で共有する、演劇の重要点を体感する。

今回は会場を芸術創造館に変えて、新規メンバーとの演技講義の3回目です。初めに稽古から発表まで全体のスケジュールを全員で確認し、ウォームアップに移ります。空間を広く使い自由に歩き回ります。「踵から着地して」「視線は遠くを見るように、上半身は真っすぐ」「呼吸して」。笠井さんが周囲を見回しながら声を掛けます。続く指示は2つ。①目が合った相手と挨拶を交わす ②質問によって相手が用意した数字の見当をつけ、問われた人は話せる範囲でその数字にまつわるエピソードを簡潔に話す。それぞれが複数人と言葉を交わしたところで終了。質問の答えを頼りに数字の小さい順に並んでみます。答え合わせでは本人が数字を発表し、それにまつわるエピソードを本人と言葉を交わした質問者が代弁します。ゲーム感覚の自己紹介を終え、2人1組でのストレッチに移ります。下半身を重点的に、筋を伸ばすタイミングで息を吐く。アキレス腱を伸ばし、足首もしっかり回して準備完了です。

全員で大縄跳びのワークで身体を温めます。これは架空の縄をイメージし、順番に見えない縄をイメージして飛ぶという作業。「ありもしない縄を飛んでいるように見せる、演劇のひとつの重要なポイントです」と笠井さん。例えば、演劇では物質に限らず気持ちや過去の歴史といった出来事まで観客に想像させる必要があります。今回のレッスンでは「見事に飛べている」「ひっかかっている」と見ることができました。「その感覚をみんなで共有できることが重要です」。遊びながら演劇の秘密に触れたような感覚に、ワクワクした期待感が空間に広がります。

演じる役柄や台詞の色は、使う息の量によってニュアンスを変えられる。

発声は、基本の立ち姿勢から学びます。「腰から上は真っすぐに、膝を緩めて立つ」「頭上から垂れた糸につられているように、背筋を伸ばす」。そこから「スーーー」と口を薄く開けて息を吐く。ポイントは吐き出す量を一定に保ち、カウント内に腹の底から吐き切ること。12、8、6、4とカウントを変えて同様に。必然的にカウント数が長いと吐く息は弱く、カウント数が短いと最初から吐く息が強くなるのが分かります。この腹圧によって息を出し切る感覚を次の発声に活かします。まずはハミングから。「んーーー」と口を閉じたまま声を発します。「できれば低音で」「空気で唇を震わす感じ」「口の周りに手を当てて振動を感じます」。端的に要領を伝える笠井さん。次にハミングから少しずつ口を開いての発声に移ります。10カウントのうち、3カウントを目安に徐々に口を開き10カウントで声を出し切ることを意識する。「この方法を習得すると、響きのあるとてもよい声になります」。今度は最初から「まーーー」と口を開き発声します。「発声しながら均一に息を吐いて10カウントで吐き切ります」。その後、8、6、4とカウントを変えて練習を繰り返しました。

改めて発声について解説する笠井さん。「発声には息を使いますが、2カウントで吐き切ったり、12カウントや20カウントで長く吐き切る練習があってもいい。息の量を調節することは、同時に声の音量の調節にもなります」。例えば10カウントで吐き切る音量が日常会話だとしたら、12カウントの音量はリラックスした状態で、4カウントの音量は迫力ある状態に。「『この台詞にはどのくらいの息の量が適切か』、逆に『4カウントに相応しい台詞とは何か』から考えてもいい。使う息の量によってニュアンスを変えられる。息の量を細分化して考えることで、伝わりやすい演技に効率よく向かっていけると思います」と笠井さん。また、息を吐き切るのは腹圧を認識するための練習であり、「実際の舞台では台詞の度に息を吐き切る必要はありません」との補足を交え、発声による役作りのヒントが語られました。  ここで参加者から「効率のいい状態とは?」という質問が挙がりました。笠井さんは後の項目として準備していた演技における「ニュートラルは何か」の解説を糸口に、質問の答えにつなげます。ニュートラルとはギアが入ってない状態。全体の中心や中立、ゼロ地点のイメージです。ニュートラルを知り、そこを起点に表現することで「最低限の力で大きな表現に繋げられる」その状態こそ「効率のいい状態」だと笠井さんは説明します。つまり効率のいい状態とは、表現までの最短距離を自覚し、表現の起点となる自らのニュートラルを獲得している状態と言えるかもしれません。

前後の状況や行間に流れる感情など「サブテキスト」の探究が肝要に。

ここからは、台本を手に実践的な稽古に移ります。テキストは笠井さんが演出を手掛けた戯曲『アラビアの夜』からの抜粋。腕にビニール袋を3つも下げたまま部屋の鍵を開けようとするマンションの住人と、水道管の点検中にその場を通りかかった管理人との会話のシーンです。登場人物はどういう人か、建物は何階建てかなど、笠井さんからの問いかけに答えることで、全員で物語の状況を共有します。とりわけ『彼ったら、笑わないわ。』『なんだかボーっとしているみたい。心配だわ。』の2つの台詞は観客に向けて話す“心の声”であり、他の台詞とは区別して演じるよう笠井さんから指摘が入ります。15程度休憩の後、2人1組のペアになり、読み合わせに入ります。笠井さんは、いきなり立ち稽古へ向かおうとするペアを引き留め、じっくり状況を確認し合うよう促します。シーンの前後の状況や行間に流れる感情など、台本には書かれていない「サブテキスト」を深めることが「リアリティにつながる」とその意義を伝えます。台本の読み込みが功を奏し、その後の発表では同じテキストでも幅のある表現が見られました。キャラクターの個性や関係性は様々。2人のやり取りで笑いが起こったり、逆に怖さを感じさせるペアがいたり。笠井さんからも「アイデアを出し合えて良かった」「二人の関係性や背景が気になります」「この後、凄いことが暴かれそう」など様々な感想が聞かれました。

最も気になる事象を起点に思索を深め、独自の演技法を獲得しよう。

笠井さんが講座を通して伝えたかったことは、表現するべき「課題に気付くこと」の重要性です。また、演技を組み立てる実践法としてはテキストと一緒に配ったリアリズム演劇の書『スタニスラフスキー入門』からの引用による表を元に、内面と外面という2つの道筋があると説明します。内面は自身の経験が土台となり、外面は仕草や見た目などのビジュアル面から役に近づけようというもの。とはいえ、今話していることは笠井さんなりの視点であり、必ずしも「正解ではない」と言い切ります。「様々な演技法を学んでミックスして、自分なりの方法を見つけて行くのがいいでしょう」。確かに、他の誰でもない自分だけの資質や経験を活かすためには、ある特定の方法論にのみに頼るのは不十分なように思えます。  その他のメソッドとして、笠井さんは「人間じゃないものを演じる場合、内面と外面からのアプローチをどう考えるか?」という質問の答えとして挙げた「ルコック・システム」があります。これは「パントマイムをベースにしたメソッドで、スタニスラフスキーよりも外的要因を重視しています」。他にも、自分のあるがままの身体をどう表現に使っていくかに注目した技法「アレクサンダー・テクニーク」なども知っておくと有用だと話します。また、あれもこれもと闇雲に手を付けてみても進まないことを指摘し、「気になる事象をとっかかりに、派生したことを突き詰めていく」ことが、問題解決の近道であることが伝えられました。苦手分野、役柄、興味のある技法、何でもいい。この笠井さんが提唱する思考のプロセスに経ち返れば、今後あらゆる場面で問題解決の手助けになりそうです。

取材・文:石橋法子

【劇団公式サイト】https://hmp-theater.com/

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