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咲くやこの花コレクション/
咲くやこの花賞受賞記念

笠井友仁の「演出」体験講座
演出ワークショップ

~アイディアを出し、演出をやってみよう~

2021年11月20日(土)・21 日(日)
■第1回 11/20(土)13:30~15:30
旭区民センター 小ホール
■第2回 11/20(土)16:00~18:00
旭区民センター 小ホール
■第3回 11/21(日)13:30~15:30
芸術創造館
■第4回 11/21(日)16:00~18:00
芸術創造館

講師/
笠井友仁
(令和2年度 演劇・舞踊部門[演出]受賞)

令和2年度「咲くやこの花賞」を受賞した劇団「エイチエムピー・シアターカンパニー」の演出家、笠井友仁さん。2021 年末に開催された受賞記念事業「咲くやこの花コレクション」は演技講座と並行して、全4回の演出講座が実施されました。ここからは同シリーズ初となった演出講座をレポートします。10 名程度の定員に対し予想を上回る応募があり、当日は応募動機から厳選された 15 名の男女が参加しました。

【演出1回目】11 月 20 日(土)13:30~15:30

大道芸人、自主映画の監督、未経験者まで多様な男女 15 名が集結!

会場には3つのテーブルが用意され、その上に大きな模造紙2枚と付箋などが置かれています。参加者は5人ずつ各テーブルに自由に着席します。今後はこの 5 人がチームとなり台本を使った短いシーンの演出から発表までを行います。チーム名は「上手(かみて)チーム」「センターチーム」「下手(しもて)チーム」と命名されました。自己紹介では、呼ばれたい名前と略歴、応募動機などを話します。「話せる範囲で結構です。無理に話す必要はありません」と、さりげなく参加者の緊張をほぐす笠井さん。参加したのは大道芸、市民劇団、朗読一座、アマチュア劇団、子供 向けのママさん劇団、自主映画界などから、パフォーマー、俳優、演出家、映画監督、演劇未経 験者まで。異なる背景を持ったじつにユニークな顔ぶれです。動機もいま直面している問題の改 善につなげたい人、「一人芝居で世界中を巡る」といった夢や目標の足掛かりにしたい人、あるいは純粋な興味や好奇心に突き動かされた人。視点は違えど「学びたい」という意欲は共通して伝 わり、中にはこの講座の前に別の演劇ワークショップをすでに受講して来た(!)という強者まで。彼らの積極性はあらゆる場面で功を奏し、各回で実りある時間を作り出す原動力となっていました。

下準備として「5人の役割分担を決めましょう」と笠井さんが声を掛けます。役割は5つ。① プロデューサー(司会) ②サブプロデューサー(副司会) ③書記(進行状況を記す) ④広報(チームの発表者) ⑤演出家(5人の意見を取りまとめて演技者に伝える)。5 人で担当を決めたら、早速各グループの広報がそれぞれの担当者を発表します。具体的な役割を担うことで、グッとチーム感が増したようです。最初の議題は「演技とは何か」について。「演出家は俳優の演技指導や方向性を示す上でも、演技について知っておく必要があります」と笠井さん。まずは「演技の構成要素」について、「思いつくまま付箋に書き出してみよう」との提案です。「他の人とかぶってもいいですよ」「単語で大丈夫です」「良かったら、見学者の方も自由に立ち上がって見て頂いて結構ですよ」。にわかに場が活気づきます。

集中してペンを走らせる人、チームの誰かと言葉を交わしながら思索を深める人。付箋に目をやると「声、動き、嘘、偽物、台詞、非日常、言葉」など様々な要素がピックアップされています。 「演技について思うことを全て出し尽くすつもりで書いてくださいね」「あと5分」。ここで一旦終了、分類する作業に移ります。書記が大きな模造紙に大文字で【演技について】とタイトルを書き込み、書き出した付箋を分類別に貼り分けます。「なぜその分類になったのか。分類名も書き添えてください」。ペタペタペタ。あっという間に、言葉によって視覚化された演技の分析図が3 つ完成しました。次は発表、広報の出番です。

俳優以上に必要な「演技について」の理解、その構成要素を図と共に紐解く。

下手チームは模造紙の中央に演技の中心と考える「伝える」を置き、そこから左右に矢印を伸ばし、左端に向かって『内面要素』(葛藤←要求←経験←非日常など)、右端に向かって『外的要素』(動き→台詞→虚構→解放など)を分類しました。加えて、例えば外的要素に分類した「解放」がじつは内的要素も内包していることに触れ、本来の意図としては「両方の矢印は円となって繋がり、各要素がぐるぐると巡るような立体的な図をイメージした」ことが語られました。その発想に「素晴らしいですね!」と称賛する笠井さん。「私もつい内面と外面の2項対立で伝えてしまうことが多いのですが、このように連続した考えを語り、この紙で表現してくれたことは今までなかったので、大変素晴らしかったです」とのっけから驚くほど柔軟な回答が飛び出しました。

センターチームは2つの項目『意識』と『身体』を柱とし、その他の小さな項目「芸術空間」 「テーマ」「演技の方向」「表現」などを脇に配置。さらにそれら大小の項目をひとつの『表現』という項目で括ります。全体を包括する表現に対峙して「観客」という要素がひとつ向かいに貼られた構図も特徴的です。このチームも各要素が階層的に交じり合う様を平面で表現しました。笠井さんは「『意識』と『身体』という分け方が非常に分かりやすいです。それに、表現と観客が向き合っている部分が良かったですね」と評します。 上手チームは冒頭で演技についての説明を。「俳優のみならず、舞台を作り上げている音や光、そこで生まれた表現、さらに観客とのコラボレーションによって成り立っていると考えました」。柱となる観点を俳優の『心の動き』『体の動き』『経験』の3項目に分類し、隣にその他の要素を置く構図です。笠井さんは舞台装置や観客といった俳優以外の構成要素を挙げた点に触れ、「まさに今から話していく演出に関わることですね。他のチームにはない意見がユニークで面白いと思いました」とコメントしました。

「気付くこと」「ニュートラルであること」を学ぶ。

改めて笠井さんが「演技とは何か」について解説します。演技・演出について考える場合、笠井さんが最も注視するのが「気付くこと」の重要性です。改善策を練るにもそれ以前に課題や問題点に気付かないと始まらない、との考えです。付箋のワークは「気付く」ためのレッスンでもありました。「ぜひ休憩時間に他のチームの付箋に目を通してみてください。自分が気付かなかった演技に対する『気付き』を得られると思います」。また笠井さんが実践する気付きの練習のひとつに映画観賞があります。「私は映画を観る際、問題点にいくつ気付けるかを自分に課しています」。実際の舞台演出でそれらの課題を克服することも。演出の上達には「コツコツと(演出の機会を)積み重ね、自分の経験を豊かにしていくことが大切です」 「演技とは何か」の問いに、笠井さんは「変化です」と言い切ります。泣いていた人が笑ったり、笑っていた人が怒ったり、態度が変わる。この変化=演技であり、その際に重要な身体性が 「ニュートラルであること」だと続けます。例えばここに3つの表情があります。①無表情 ② 怒り顔 ③怒っている表情。③の演技をする場合、①から始めると少しの変化で大きなインパクトを与えられますが、②から始める場合、より大きな表現力が必要(=非効率)であることが想像できます。 もう一つ別の視点から。演技について考える場合、大抵の人は③の技術を学ぼうとしますが、ここで笠井さんは異を唱えます。目指すべきは①の身体性にあると言うのです。「①の状態さえ習得できれば、あとは変化を加えるだけで演技が上達します。ところが多くの俳優や表現者は、曖昧な②の状態のままで放っている。それではいつまでたっても大きな演技はできません」。その言葉にハッとさせられた方もいたのではないでしょうか。演技において重要なのは演じる技術以前に、効率的に演技できる身体性の習得にあるのだと笠井さんは話します。その身体性こそ「ニュートラル」な状態であり、それは何ものにも影響を受けていない、全体の中間などとも言い換えられます。演技の一歩は、このニュートラルな身体性の獲得に始まると言えそうです。

多数の理論に学び自分の考えを持つ。知識の習得は関心のある分野から。

次の議題は「内面と外面から演じること」について。笠井さんはロシアで誕生した演技理論スタニスラフスキー・システムを一例に解説を始めます。スタニスラフスキーは 100 年前に活躍したロシアの俳優兼演出家。チェーホフの演目を数多く手がけたことでも知られています。彼自身演技じることに苦手意識があり、同じ悩みを持つ俳優らの助けにと理論を開発しました。そのメソッドも時代や状況によって変遷を繰り返したように、笠井さんは演技や演出の方法において 「ひとつの正解というものはありません」と冒頭で断ります。「複数の方法を知って、それらを統合して自分なりの方法論や課題へ向けたアプローチを考えていくのが大事です」。その上で、笠井さんは内面と外面から演じることは「必要不可欠」との立場です。 一方、日本ではとりわけ感情や経験といった「内面の要素ばかりが求められがち」な点に言及します。それもそのはず、ロシアからアメリカに理論が渡った際、アメリカで「感情の記憶が大事」という部分が強調され、それが「スタニスラフスキー・システム」として広まり、日本にも伝えられてしまったとの経緯があるそうです。「皆さんは先ほど演技には感情も経験も大事だがそれだけではなく、動き、発語など様々な要因が交じり合っていることを示してくれました。素晴らしかったと思います。改めてそこを理解して欲しいなと思います」。演技には内面と外面、両方のアプローチが必要であることが確認されました。 最後はアウトプット=演出の概要について。重要なのは「目的を明確にして焦点を絞ること」。それには「テーマの構造化」が必要です。具体的な方法は次の章に詳しく。ここでは演技同様「演出の構成要素」を紐解くところから始めます。一例として「舞台、背景、音楽、道具、光、脚本分析、空間の使い方」など。端的に言って「演出にはこれらすべての知識をインプットする必要があります」。脚本を分析するために本を読んだり、衣裳の参考にファッション誌に目を通したり、舞台音楽のためにクラシックから電子音楽までを聴いてみたり。まるで生活のすべてがインプットの対象と言えそうです。その途方もなさに一瞬思考停止に陥りそうですが、見越したように笠井さんが言葉を続けます。 「皆さんに伝えたいのは、何でもかんでもインプットしてもすべて使えるわけじゃないですね。まずは自分の関心を持てる分野をできるだけ広範囲にインプットするようにしましょう」。その 際、資料としてあたるならネット情報よりも本、解説書の方が有益とも。関わる作品があるなら、その題材や演目を糸口に「ぜひ勉強の機会と捉え、積極的に知識を獲得する。そこを足掛かりに しないと、ただ漠然とインプットしようと思っても何から手を付けていいか分からなくなる」。決め切れずに時間だけが過ぎていた、という残念な状況を避けるうえでも、基本にしたい考えです。

大きな視点から、徐々に焦点を絞り核心に出合う=テーマの構造化。

先に述べた、目的を絞り核心を得る「テーマの構造化」について、笠井さんが提案する「Yes or No~構造化のためのひとつの方法」を使いチームごとに実践的に学びます。手順はこうです。出題者が単純な単語を頭の中に思い浮かべ、残り4人が質問により回答を導き出すというもの。その際、出題者は「Yes」か「No」で答えます。「どんどん質問してください。出題が分かったら手を上げて答えてください。正解したらそこで一旦終了です。一問につき3分ぐらいで回答できると思います」。ゲームを楽しむように各テーブルで問答が始まりました。「それは調理するものですか?」「硬いですか?」「12 月によく見ますか?」など。数分の後、センターチームは「アイスクリーム」、下手チームは「フランス」の回答を導くことができました。上手チームは惜しくも時間切れでゼロ回答でした。 ここで意識したいのは、ランダムに質問を投げるのではなく「大きな分類から小さな分類に向かい、段階を経て」質問すること。得たいのは正解ではなく、構造化し焦点を絞るための思考方法です。その訓練を積むことで「より明確に課題を解決する手段やアイデアが導き出せるようになります」。ここで1回目の講義が終了しました。限られた時間内でしたが、大まかにも演出の手段や演劇の構成要素を知ることができました。

【演出2回目】11 月 20 日(土)16:00~18:00

シェイクスピア4大悲劇を題材とした台本&4人のプロ俳優で実践!

2回目の講座から、演出作業に入ります。使用台本は、笠井さんの劇団の最近作『マクベス 釜と剣』(祝・令和 3 年度 第 76 回「文化庁芸術祭」優秀賞受賞!)からの抜粋です。「では、紹介しますね」とおもむろに4人の俳優に登場を促す笠井さん。現れたのは、エイチエムピー・シアターカンパニーより森田祐利栄さん、髙安美帆さん、フリーで活動する杉江美生さん、ゲキゲキ/劇団『劇団の植木歩生子さん。「今日はケーススタディということで4人の俳優にシーン1~3を演じて貰います」。「よろしくお願いします」と互いに挨拶を交わしながら、わずかな動揺が見て取れる参加者の皆さん。それもそのはず、まさかプロの俳優に演出を付けられるなんて!! まさかの事態です。大半の方が想像すらしていなかったのではないでしょうか。そんな静かな興奮とトキメキを内包しながら、活気ある「台本の読み解き」が始まりました。

台本はシェイクスピアの四大悲劇のひとつ「マクベス」を下敷きに、くるみざわしんによって改定された『マクベス 釜と剣』。抜粋された〈シーン1〉の登場人物は、門番と兵士マクダフ。夜明け前の城に到着し、マクベス王に謁見を求めるマクダフと、会話を邪魔されたことに苛立ちにべもなく対応する門番のシーンです。まずは俳優が読み合わせを行います。第一声を聞くなり、瞬時に物語の世界に引き込まれます。太く明瞭に空間を支配するその声色からは、キャラクターの風体や場面の背景までもがありありと浮かんでくるよう。情報量の多いプロの発話に思わず聞き惚れてしまいました。劇場で観るより、かえって素舞台の方が俳優の力量が鮮やかに際立つようでした。

台本を多角的に読み解く。豊富に言語化し、深く鋭い演出に繋げる。

「マクダフは何者か分かる人はいますか?」「正解じゃなくてもいいですよ」。問いを立てることで、台本の読み解きを促す笠井さん。〈みんなを起こせ、今からもう一度。〉の台詞から「マクダフは無茶を言うひと」。〈俺は母親に禍のように扱われた。〉の台詞から「マクダフは望まれない子」。また〈門が割れる。剣で打たれて。〉のト書きから「マクダフは豪傑」。さらに〈邪魔すんな。いい話してんだから、聞け。〉の台詞から門番の話相手となる 3 人目の登場人物がいる可能性を示唆するひとなど、キャラクターや状況について、多様な意見が出されました。演出では、それら言語化された情報を組み合わせることで、より的確に役にアプローチできると笠井さんは話します。例えば、門番を表す表現の中から『怖いもの知らず』だけを手掛かりに役作りすると、ある一方向にのみ色付けされますが、そこに『状況が読めていない』など他に挙がった要素を加え、 『状況が読めていない怖いもの知らず』にすると「必ずしも常に怖いもの知らずな人ではない」可能性が生まれます。このように多様な角度から台本を読み解き言語化することで、奥行きのある役作りが可能となるのです。 〈シーン2〉〈シーン3〉も同じ要領で読み解きます。〈シーン2〉の登場人物はマクベス夫人とマクベスの親友兵士バンクォー。ダンカン王の棺の前で、親友としてマクベス新王の誕生を祝うよう求める夫人と、王殺害に関与したことは明白なマクベスを王とは認めないバンクォーが対峙するシーンです。〈シーン3〉の登場人物はマクベス夫人と兵士マクダフ。バンクォー殺害を疑いマクベスを探すマクダフと、マクベス夫人が王の寝室で対面します。ともに緊迫した心理的攻防の場面であることが、全員で確認されました。

俳優にどのように演出意図を伝えるのか、動線や立ち位置を含めて考える。

俳優が本を手にしたままの「半立ち稽古」の準備に移ります。「上手チーム」は〈シーン1〉、 「センターチーム」が〈シーン2〉、「下手チーム」が〈シーン3〉を立体的に立ち上げます。はじめにチーム内で、俳優にどのように指示を出すのか、動線や立ち位置の確認も含めて話し合います。ここで笠井さんが思考のヒントを伝えます。照明が付いた瞬間から舞台上にいる「板付き」か、シーンが始まってから登場するか、この視点から始めるとその後の展開も考えやすいと話します。各チームが議論を深める中、笠井さんは遠巻きに様子を見守りながら、質問があれば答え、停滞した議論には同調しつつ、さりげなく新たな糸口を伝えているようでした。 俳優には演出担当が中心となり、立ち位置や演出意図を伝えます。他のメンバーも恐縮しつつものびのびと言葉を掛けます。熱意に応えようと俳優も真剣に、でも楽しみながらチームに溶け込もうとする姿が印象的です。次は舞台へ移動し、床に立ち位置などをバミります。「バミる」とはテープなどで目印を付けること。「粘着力のあるテープは床の塗装が剥げるので避けるようにしましょう」。些細だけど本当に知りたい情報が得られるのもワークショップの醍醐味です。3チームが一斉に別々の作業に集中していて、会場の熱気も飽和状態。この後、チームごとに半立ち稽古→演出家が修正を加える→台本を離した立ち稽古の流れで発表します。

自分たちの演出を実現する、プロの俳優で半立ち稽古→修正→立ち稽古へ。

「上手チーム」は門番と兵士の場面。門を叩く場面では、自分たちで音を鳴らして効果音を付けるなど、冒頭から演出に工夫が見られます。俳優の表現力も素晴らしく、違和感なく場面に見入る事が出来ました。半立ち稽古が終わると「実現できた演出と、出来ていない演出があると思うので、それを俳優に伝えて下さい」とダメ出しを促す笠井さん。上手チームの修正ポイントはこうです。兵士に詰め寄られた門番の困惑を増幅させるため、門番は正面を向き、逆に兵士は客席に背を向けるよう指示。門番の顔がクローズアップされる効果を狙います。その他の調整では、流れを考慮した俳優側から意見が出される場面も。「いいですね、俳優からもこうして意見がでることがあります」と笠井さん。「僕はテキストを持ちながら半立ち稽古することはとても重要だと思っています。出演者も台本を確認しながら演技できる。これを離してしまうと、そこが結構おざなりなってしまう」。早い段階で修正点を互いにすり合わせることで、その後の進行がスムーズになるのです。修正後の立ち稽古では本を手放すため、演技がさらにパワーアップしたように見えました。笠井さんは冒頭の効果音や、門番の話し相手として登場人物を3人に増やしたことで 「場面にスケール感が出た」と評価しました。

残る2チームも同様に。立ち稽古を終えた「センターチーム」に笠井さんは、特に登場人物の位置関係が良かったと注目します。「人物を舞台の両端に立たせたことで、精神的にも2人の距離が遠いことを非常によく表していました」。稽古を重ねることで、その距離感も「厳密にどれくらい近づくのか、近づくと逆に相手は離れるという動作をするかもしれませんよね。そういった選択肢が出てくると、もっと濃密な面白いシーンになると思います」とアドバイスしました。

「下手チーム」は、演出家が過去にも経験のある方だけに、俳優に対する指示の出しがとても自然で落ち着いて見えました。修正点は厳格な身分の違いを考慮し、マクベス夫人には流れるように優雅な動きを、臣下の兵士には一定の距離を保つことを求めます。立ち稽古では、それらの意図が効果的に反映されていたように見えました。笠井さんは舞台の奥行きを上手く使った点を賞賛します。「演技のワークショップでステイタス(立場)の話をしたのですが、ステイタスの高い夫人を前に置いて、ステイタスの低い臣下を奥にやることで、臣下の弱さが非常によく出ていたかなと思います」 わずかな声掛けで様々に変化する演出の面白さを目の当たりにし、見学するだけでもとても刺激的な講座となりました。参加者の皆さんはそれ以上の手応えと、後半の講座への期待感が一段と高まったのではないでしょうか。

【演出3回目】11 月 21 日(日)13:30~15:30

前半の立ち稽古を振り返り、俳優も交えた全員で「気付き」を共有する。

演出講座の3回目は芸術創造館に場所を変えて座学からのスタートです。参加俳優は森田祐利栄さん、髙安美帆さん、杉江美生さんの3名です。初めに全員で昨日の立ち稽古を振り返ります。プロデューサー→アシスタントプロデューサー→広報→書記→演出家の順番でひとり1分程度 発表し、全員で気付きを共有します。印象的だったのがセンターチームの演出家の指摘です。 昨日は他の2チームほどに修正後、目に見えて表現に変化が付けられなかったと振り返り、その要因に「2チームが役柄の心情まで伝えていたのに、自分たちは単に行動の変化を促すだけに終始したから」と仮定します。チームをまたいで演出を受けていた俳優らに意見を求めると、予想が的中。確かに他の2チームでは最初に役の心の動きを確認した後、行動の説明に入ったことで、発表でもスムーズかつ意志を持って動けたことが話されました。演技には「内面と外面、両方のアプローチが必要」なことを証明する好例にも感じられました。 また、普段から批判的な物言いになりがちだという演出経験のある参加者からは、こんな気付きの共有も。「笠井先生もそうですが、皆さん最初に『こういうところが良かった』と先に褒めてから話を始める。それもごく自然に。そこがすごく印象的で、褒められると相手も悪い気はしないと思うので、良い所から始めて、そこから表現を上昇させるような演出方法は盗んで見習いたいなと思いました」。確かに今回のように、初対面の俳優に演出を付ける場合もある中で、演出において“褒めて伝える”というのは、スムーズなコミュニケーションを図る上でも有効な手段の一つと言えるのかもしれません。

注目すべきは「視覚」と「聴覚」、「ステイタス」と「ジレンマ」だけでいい!?

全員で気付きを共有した後、笠井さんからは改めて演出には音楽、照明、映像、美術、衣裳など多くの要素が含まれることが確認されました。その上で「視覚」と「聴覚」への刺激は特に重要と話します。「じつは演劇って五感で楽しんで貰えるものなんです。でもその入口は基本的に は、視覚と聴覚しかありません。この2つを通して『肌で感じた』と錯覚し、体験して頂ける。視覚と聴覚をどう刺激するかを考えると、演出がもっとクリアになると思います」 視覚と聴覚、「2つの外的要因」の次は、ドラマを際立たせる「2つの内的要因」についてです。1つ目に重要なのが「ステイタス」の考え方です。 人間が対面した場合、必ず立場の「強い」「弱い」が発生する。その立場のことを「ステイタス」と言います。立場は流動的で、環境や状況によっていくらでも反転します。その立場の変化=ドラマであり、演劇という物語の重要なポイントになると笠井さんは話します。「貧しかった人が富を得て成功する」などは物語として大きなステイタスの変化です。身近なシーンに例えると「先生が生徒の前で転ぶ」「店員に支払う際、財布を忘れたことに気付いた客」「ペットボトルの蓋を 開けられない屈強なひと」なども人対人、人対モノの間でその瞬間、立場(強弱)の逆転が起こり、小さなステイタスの変化が見て取れます。ステイタスを見つけ出せれば、あらゆる状況が面白くなると笠井さんは話します。「逆に言うと面白くないものは、ステイタスに注目していないからです。ステイタスの変化を見つけて滑稽、悲しいなどの表現にしていくことが重要です」 残る2つ目の要素は、ジレンマ=葛藤です。葛藤とは、食べたいけど食べられない、殺したいけど殺せないなど「欲とリスクが共存する」状況を指します。2つの感情は流動的でいつ反転するか分からない。つまり変化=ドラマの源泉と言えます。台本を読み解き、葛藤を感じる場面では「何と何が対立しているのかを見極める」ことが効果的な演出に繋がります。笠井さんは「ステイタスとジレンマ、この2つの要素が見つけられないシーンは注目しなくていいくらい」と言う強い言葉で重要性を強調しました。

演出家にとって「褒める」というコミュニケーション作法が必須な理由とは?

他に参加者の気付きから、笠井さんが注目したのは「褒める」という行為です。叱咤激励といった態度がとりにくい現代において、褒めるというコミュニケーションの作法はとても重要だと話します。ところが、細やかな意思の疎通を必要とする演出家は、大半の時間を強いストレスにさらされます。そうした現実の中、実際に褒めるという行為は「心の余裕がないとなかなか実現できない」とも吐露します。それでも「少しでも心に余裕を持ち褒めることは重要」と手放しません。その理由について、アメリカの心理学者アブラハム・ハロルド・マズローが提唱した「欲求5段階説」を基に解き明かします。 「欲求5段階説」とは、人間が生きる上で必要な要求を5つ定義するもの。欲求は下からピラミッド型に積み上げられ、最終的に頂点の「自己実現」に向かうという心理学理論です。5つの欲求は最下層から順に①生理的欲求(食べる、寝るなど)②安全の欲求(家、病院など)③社会的欲求(学校、家族、会社などへの所属)④承認欲求(他者に認められる)⑤自己実現欲求(物事を探求する)となります。 じつは、この理論を「演技講座で実践していた」と明かします。使われたのは自己紹介での場面です。事前に思い入れのある数字をエピソードと共に他者と共有し、自己紹介の場面ではこのエピソードを本人に代わり、共有した他者が発表するというもの。この“エピソードの共有”が「他者を知れた」「他者が自分を理解してくれた」と相互に小さな④承認欲求を満たし→その後の⑤自己実現(物事を探求する)に繋がる。こうした小さな契機を積み重ねることでポジティブな思考を育み、自ら考える行為に向かわせるのが狙いです。「褒めることは創作の現場では必要なことなので、すぐにはできないと思いますが、ぜひ上手にできるようになって下さい」との言葉で、笠井さんのまとめが終了しました。

夫人、門番、兵士と3つの新たな独白台本を読み解き、チーム発表に備える。

ここからは昨日同様、台本の読み解き作業に入ります。台本は新しく3つの独白シーンが用意されました。〈シーン4〉はマクベス夫人の独白。夫にダンカン王殺害をそそのかす狂気に満ちた心情が顕わになる場面。〈シーン5〉は門番の独白。命を育む器から剣に持ち替えた愚かな人間たちの間違いを嘆く場面。〈シーン6〉はバンクォーの独白。マクベスが不当に王座に就くことを危惧し焦燥する場面。それぞれ最初に俳優による読み合わせを聞いた後、全員で気付いた点を話し合い、テキストの理解を深めました。 例えば〈シーン4〉では、〈この乳房を苦い汁でいっぱいに〉の台詞から「夫人は備わった母としての務めを放棄し、別人になろうとしいてる」。〈見上げて皆が観客となり震えあがる。この世は芝居〉の台詞から「自分が主役」。〈私の傷口が開く〉の台詞から「過去にあったことを示唆」など。またプチ情報として、剣か器かで対立する民衆の姿を描いた〈シーン5〉は、台本の改定を手掛けた作家の意図が「最も象徴的に描かれたシーン」であることが明かされたり、さらに〈シーン6〉では、台詞を読む杉江美生さんのフラットな発話について笠井さんがひとこと。「読み合わせするときに抑揚をつけずに読むことで、余分な情報を与えない」という、読み合わせの手段があることなどが説明されました。

演劇の手順【12 項目】を時間軸に沿って復習、特に重要★項目を意識する。

どのテキストを演出したいかチームに希望を募り、「上手チーム」が〈シーン6〉俳優・杉江美生さん、「センターチーム」が〈シーン5〉俳優・森田祐利栄さん、「下手チーム」が〈シーン4〉俳優・髙安美帆さんと取り組むことになりました。 作業の前に笠井さんが改めて、時間軸を追った演出の手順をおさらいします。工程は全部で 12 項目。①【題材選び及びリサーチ】(本や資料を読む、現地取材など) ②【台本決定】(遅筆な作家には公演から逆算して締切を早めるなど作家の個性も見極める) ③【出演者&スタッフを決める】(演出を共に実現するスタッフ選びは特に慎重かつ重要) ④【顔合わせ〈自己紹介〉& 稽古開始】 ⑤【読み合わせ】 ⑥【荒立ち〈半立ち〉稽古】(俳優が台詞や段取りを記憶する際、台詞を目で見て本に書き込みながら体に馴染ませる時間を省略しない) ⑦【立ち稽古】(シーンごとに区切って詰める) ⑧【通し稽古】(各シーンが組み上がった段階から音響、照明などスタッフと技術的な打ち合わせが始まる) ⑨【スタッフミーティング、衣裳合わせ】 ⑩【劇場〈小屋〉入り】 ⑪【場当たり】(後に控える1回しかない本番と同等のゲネプロを充実かつ滞りなく進めるための下準備を念入りに行う。照明や音響の調整やきっかけの確認など) ⑫【ゲネプロ (ゲネラールプローベ)〈全体演習〉】(衣裳やメイクも着けて本番同等の環境での通し稽古)で完了です。 チームに俳優が合流し、演出に向けての話し合いが始まりました。俳優の意見も伺いながら、20 分程度じっくりアイデアを練り上げます。その後、「下手チーム」から順番に半立ち稽古→修正を加え→立ち稽古に向かいます。

意図を明確に伝える「焦点化=結論はここ!」を探る、新たな課題の提案。

各チームの修正の様子を見ていきましょう。演出家がパチンと手を叩き演技のはじまりと終わりのタイミングを知らせます。「下手チーム」はマクベス夫人の動きを修正し、女性らしさを求めます。「角ばった動きが男性的だとしたら、女性を素敵に魅せるのは曲線的な動き。なまめかしく、美しく、雌豹のように」と演出家自ら身体をくねらせ体現して見せます。瞬時に対応する髙安さんの素晴らしさと相まって、立ち稽古ではとても妖しく艶めかしい場面が立ち上りました。笠井さんも「演出意図が伝わりとても良かったです。バルコニーを作った演出を追加したことにより、夫人がこれから新しい風を迎え入れる感じた伝わりました」と手放しで賞賛します。

次は「上手チーム」です。兵士の焦燥や迷いを際立たせるため、発話に連動した動きのタイミングを細かく調整します。修正後の仕上がりを見て笠井さんは「とても良いですね」と健闘を讃えます。「懸念していた葛藤の部分を体の向きや、シンプルですけど移動することでうまく表現していました。最後に追加した棺を見る場面も印象的でダンカン王への忠誠が見て取れました」とコメント。演じる杉江さんの誠実な佇まいも重厚な古典作品に映えて効果的でした。

最後は「センターチーム」。半立ち稽古では、牛や馬といった台詞に森田さんが模写するような動きを付け笑いを誘います。修正ではコミカルな導入から切実なラストに向かう台本の抑揚を演技でも効果的に見せたいと、演出家がメンバーにアイデアを募ります。修正後の発表を笠井さんが評します。「台本に出てくるこん棒や器、動物などを身体を使って表現していてすごく分かりやすいですね。とても良かったです。ただバランスも考えなくてはいけません。説明し過ぎても観客の想像力を削ぐことになる」との注意点も補足されました。

講義の終わりに3チームの演出に対し「非常に見応えがありました」と総括する笠井さん。とはいえ、改善の余地がないわけではありません。笠井さんはここで新たな課題を与えます。ポイントは「焦点化」。いまあるシーンのどこか一カ所に焦点を当て、演出し直して欲しいというのです。「今はシーン全体に重きが置かれていて、作品の底上げという意味ではとてもいい。ところがこのまま上演に持って行くと、どこに焦点が当たっているかが分からない。観客にとっても『ただ面白かった』で終わってしまう」。作品によって、複数の切り口がある場合でも「結論はここ!」という場面を際立たせようとの指示です。演出方法としては2択。①現状から余分な表現を削ぎ落として焦点化する ②目立つ表現を加えて焦点化する。新たな課題を前に3回目の講座が終了しました。

【演出4回目】11 月 21 日(日)16:00~18:00

優れたアイデアを殺す「執着」の罠! 焦点化の効果と難しさを実践に学ぶ。

いよいよ集大成の演出講座の4回目です。残り2時間での完全燃焼を目指し、早速チーム内でテキストのどの部分を「焦点化」するのかを話し合います。15 分程度の後、笠井さんが俳優に新たな演出意図を伝えるよう促します。「どこに重きを置いたのか。表現を通じて他のチームに伝わったらベストですね」。ほどよくプレッシャーをかけつつ、さらに 10 分程度俳優に演出を付ける時間を設けます。その後「まだまだ演出し足りないと思いますが」と笠井さんからストップがかかり、「ではやりたいチームから!」と成果発表の時間となりました。トップバッターに立候補したのは「上手チーム」です。完成版を見終えて「そう、言葉。」という台詞が際立って耳に残りました。笠井さんもその部分を取り上げます。最初に『マクベス』という作品において魔女が重要なキーワードであることに触れ、この台詞を強調したことで「バンクォーが魔女から重要な予言を告げられていたことが観客に強く印象付けられ、意図として明確に表現されていた。非常に良かったと思います」と花丸の評価を得ました。

次は「センターチーム」の発表です。完成版では、森田さんの豊かな表現力と相まってとても魅力的なシーンを楽しみました。一方で、焦点化という意味では際立つ部分は感じられないとも思いました。笠井さんも「もう少しメリハリを付けることで、より焦点化に近づける」と話し、演出家に焦点化した部分を聞くと、なんと2カ所あったことが判明しました。「観ていて楽しいものでしたが表現としては、もっとテーマをガツンと出してあげないと少し弱くなってしまいますね。でもワークショップとしてはいい例になったと思います。ありがとうございました」と健闘を讃えました。

最後は「下手チーム」です。完成版では、髙安さんの熱演もあり、夫人が狂気に侵食されていく様は見応えがありました。しかし焦点化という点では、このチームも少し物足りなさを感じました。笠井さんも夫人が空を見上げる仕草を指して「この行為により主題がマクベス夫人からさらに上位の神などの存在があると観客が想像してしまう。その後、夫人が倒れることで神に見放されたように見える。この時点で情報量が多いですよね」と他にも“見所の多さ”を指摘します。 「これは重要なことですが、演出ってアイデアですから一生懸命考えると執着もあるし、なかなか捨てられない」と理解しつつ、それでも焦点化=結論をひとつに絞ることが重要だと続けます。 「余分なものを捨てることができれば、重要な部分が際立つんです。ところが捨てられないから両方が際立たない」。なんと! まさに本末転倒。二兎を追う者は一兎をも得ず。「自分が考えたアイデアだけど、違うと思ったら捨てる。ぜひこれを実行できるようにしてみて下さい」。執着を捨てることも、焦点化における重要なキーワードだと学びました。

洗練された笠井さん演出『マクベス 釜と剣』のゲネプロ映像を鑑賞する。

集大成の発表を終え、ここからは笠井さんの仕事を過去の資料映像を鑑賞しながら学びます。1作目は今発表したばかりの舞台『マクベス 釜と剣』のゲネプロの様子です。画面を見ながら演出家本人から照明や衣裳に込めた演出意図が聞ける、またとない機会です。続いて「咲くやこの花賞」受賞理由のひとつにもなった舞台『忠臣蔵』3部作から本番の映像を。『マクベス 釜と剣』との共通点は、出演者全員が女性であること。笠井さんは歌舞伎やシェイクスピアなど中世、近代と伝統的に女性の役が少ないことに触れ、「女性たちで演じることで、男性社会を風刺しようという試みです」。参加者から挙がった、女性が男性的に演じる時点で矛盾を感じるといった趣旨の指摘には、2つの視点から回答します。

1つ目は「男女という考え方を演劇の上では無くしていく」という視点。「例えば、今は女性は女性の役、男性は男性の役という考え方ですが、でも女性でも男性の役をやりたいことはありますよね? 男性をやりたいんじゃないんです、マクベスをやりたいんです、ハムレットをやりたいんです。逆に男性でもジュリエットをやりたいんです。そういう事に注目してもいいんじゃないかと思っています」。2つ目の視点は「最大の理由は、女性の役だけじゃなく、女性を中心にした物語自体が男性に比べて圧倒的に数が少ない。そこに対するアンチテーゼとしての取り組みでもあります」とキッパリ。真摯に問題解決へと向かい、導き出された2つの視点に目を開かれる思いでした。他にも『忠臣蔵』はゴムを使った舞台装置が特徴的で、ここにも物語に付随した明確な意図があることなどが語られました。

最後はコロナ禍の時期に評判を集めたオンラインによる演劇作品『ブカブカジョーシブカジョーシ』です。笠井さん独自の演出手法「ポーズ」が象徴的に使われた作品でもあります。ポーズの説明は次の章に詳しく。ここでは技術的な種明かしに話題が及びました。5人の俳優はそれぞれ自宅からZoom で演技映像を送り、それらを編集ソフトを使って1枚の画面に重ね合わせることで、あたかも5人がひとつの空間で演技しているような映像作品を完成させました。 最後に笠井さんは「かなり引き算をして、必要な要素だけを残す」ことに重きを置いていると話してくれました。資料映像と共に、洗練された演出スタイルの一端を垣間見ることが出来ました。

笠井さん独自の演出手法「ポーズ」がもたらす焦点化と異化効果に迫る。

講義の締めくくりは、笠井さん自身の演出理論に迫ります。「何か参考になる部分があれば」とあくまでも一例として、独自の演出手法「ポーズを多用する」を解説します。ポーズ=静止状態。歌舞伎の見得のように、一連の演技の動作から主要なポーズを抜き出し演じる方法です。ポーズを抜き出すことで演出意図が焦点化され、さらに抜き出したポーズ自体の精度を高めることで、より表現の強度が増すと利点を挙げます。ポーズに向かうきっかけは友人が発した「演劇は歌舞伎や能、映画に比べて情報量が多すぎる」との指摘でした。ちょうど歌舞伎演目を現代化するタイミングだったこともあり、情報量を減らすことを目的に、まさに歌舞伎の見得などをヒントにこの手法を開発しました。ちなみに1時間半の作品で約 5,000 ポーズを使用するそうです。先の 『ブカブカジョーシブカジョーシ』では、相手役のポーズを想像することで、離れた場所でも違和感なく演技に取り組めたそうです。もし通常のように、相手の芝居を受けて演技する方法論しか知らなければ、「絶対にできなかった作品だった」と振り返ります。

笠井さんが共感する演劇人のひとりから、100 年前のドイツで活躍した劇作家・演出家ブレトルト・ブレヒトの演劇論も紹介します。演劇では一般的に「共感」「一体感」が重要とイメージされますが、ブレヒトはそれとは逆の立場で「違和感」「不快感」「理解できないこと」などに重きを置く「異化効果」を提唱しました。笠井さんは、ナチスが台頭した当時の時代背景と共に解説します。 「ナチスはプロパガンダといって、宣伝を上手く使って国民を酔わせていくことに一つの特徴がありました。その結果、悲劇が起こった。そのことをブレヒトは重く受け止めていて、国民を酔わせることだけが正しいことではないと考えました」。翻って演劇の世界でも同化が喜ばしいとされる中、彼はアンチテーゼとしての「異化効果」に熱中します。最大の目的は違和感を抱いた観客が「自ら考える」行為に導くことにありました。笠井さんもこの考えに共感します。連続した動作を「ポーズ」によって断片的に示すことで、違和感を覚えた観客は「なぜか?」と考える。ポーズもまさに異化効果を狙った手法なのです。それでも、同化を求める観客が多いのでは? という質問にはこう答えます。「観客に『受け入れられないこと』を恐れないようにしています。 あとは私も全部で異化効果を試すのではなく、もちろんバランスは取るようにしています」。その他いくつかの質疑を経て、全4回の演出講座が終了しました。

「自分らしい表現を!」とエールを贈る。

「頭がパンパンです!」。講義を終え、感想を述べ合う参加者たちの表情は、皆一様に喜びと興奮に満ち溢れています。「色んなものに出会って吸収して、その中から本当にやりたいものに近づいていくのが大事だと気付けた」「静止することでも焦点化できることが発見でした」「プロの俳優さんがめっちゃ凄くて、私も良い俳優になろうと思いました」「良いアイデアでも捨てないといけない事があると知れて、正しい出発点に立てました」「演出家の考えを知れて役者としても勉強になった」「年齢も性別も違う方々の考えに触れて、刺激になりました」などなど。皆さん実感を持ってコメントされている姿が印象的でした。同じく俳優陣の森田祐利栄さん、杉江美生さん、髙安美帆さんからも「修正に即対応するなど多少の試練もありあしたが(笑)、新鮮で刺激に満ちた経験になりました」と口々に参加できたことへの喜びが語られました。そして笠井さん「ワークショップの経験を活かして、自分らしい、独創的な表現をぜひ実現してください」と熱いエールを贈り、講義を締めくくりました。

挨拶を終えた笠井さんに、改めて本企画を総括して頂きました。「私も演出のワークショップは 初めてだったんですが、参加者の皆さんが能動的に自ら進んで演出について学ぼうとしてくれて、また発言してくれて、非常に助かりました。参加者に恵まれたと思います」。老若男女の顔ぶれに 「年齢や性別が偏るのではと心配しましたが、そこも比較的良いバランスでできたのではないかと思います」。講義する上で意識した点については、「私自身は独創的な演劇を作っているかもしれませんが、皆さんに応用して貰えるようなことを中心に伝えたつもりです。『物事を焦点化する』『構造化する』などは、ぜひそれぞれのフィールドで活かして頂けたらなと思います」と話しました。

2021 年末に2日間にわたり計8時間実施された演出講座。演劇のみならず日常にも活かせる様々な学びがありました。レポートでは今回さまざまな理由で参加できなかった方々も追体験できるような表現を心掛けました。少しでも現場の臨場感が伝われば幸いです。ゲーム感覚で楽しませつつ、学術的な知見も盛り込む硬軟自在な演出家、笠井友仁さん。興味が沸いた方はぜひ エイチエムピー・シアター・カンパニーの公式サイトで今後の動向に注目してみることをお勧めします。

取材・文:石橋法子

【劇団公式サイト】https://hmp-theater.com/

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