ページの先頭です
メニューの終端です。

2 味原地域にある資源

2020年2月10日

ページ番号:343400

地域にある資源

(1)地域にある資源・施設など(順不同)

 ○ 自然、公園など … 小橋公園 など

 ○ 神社仏閣、史跡など … 産湯稲荷神社 など

 ○ 伝統行事など … 地蔵祭り(子安地蔵尊(3か所)、北向地蔵尊、福徳地蔵尊) など

 ○ 教育施設 … 市立味原幼稚園、市立味原小学校 など

 ○ 地域集会所 … 味原会館・老人憩の家(電話:6762-7433)、味原集会所

 ○ その他 … 天王寺区子ども・子育てプラザ など


(2)地名の由来

 ○ 味原(あじはら)町 … 味原池の旧地であることに由来。味原池は本来は農業用の溜池であるが、往時、この付近を古代伝承の味原郷と同一地とみなしていたことにもとづく。池は市街地として大正7年に埋立造成されて宅地化された。


 ○ 味原本町(あじはらほんまち) … 町域の主要部が旧味原池にあたることから「本町」と付称された。


 ○ 餌差町(えさしまち) … 元禄4年図(新撰増補大坂大絵図=1691年)にすでに「ゑさし丁」の名称が付された古町名に由来。


 ○ 小橋(おばせ)町  … 『日本書紀』仁徳天皇紀に「十四年冬十一月、猪甘津に橋を為る。即ち其處を號けて小橋と曰う也」(原漢文)と見え、当地付近にこの小橋が設けられたことに由来(『大阪府全志』巻の二)。また、『古事記』の仁徳天皇記には「小椅江を開削した」との記述がある。さらに神功皇后の側近であった雷大臣の子の大小橋命の館舎が付近にあったことにもよるとされている。


 ○ 下味原(しもあじはら)町 … 冠称の「下」は木野村当時の小字名が示すように、味原池の下(南)に位置したことによる。


 ○ 東高津(ひがしこうづ)町 … 『古事記伝』に「船着て難波津ハ岸の上なりけむ」と記して、難波津の東岸が丘陵になっていた地形に由来する地名とある。また、『日本書紀』などに見える「高津宮」の高津を音読して「こうづ」とした説、同じく「蝦蟇行宮」の「かわづ」を「こうづ」と転じたなどの説がある。


 ○ 舟橋(ふなはし)町 … もと船走と書かれた。慶長年間(1596~1615)に書かれたと伝えられる三村絵図には、船波至と書かれて小字名となっていたことに由来する。『社家注進記』に「下照比売命、天磐船に乗り、此処に到る…此舟今なお土中に存す」と記録されていることによる。


SNSリンクは別ウィンドウで開きます

  • Facebookでシェア
  • twitterでツイートする

探している情報が見つからない

このページの作成者・問合せ先

大阪市天王寺区役所 市民協働課地域活動の支援グループ

〒543-8501 大阪市天王寺区真法院町20番33号(天王寺区役所3階)

電話:06-6774-9734

ファックス:06-6774-9692

メール送信フォーム