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外島保養院記念碑

2016年12月28日

ページ番号:20017

外島保養院記念碑

外島保養院記念碑(中島2-10

「外島保養院」は明治42年(1909年)に開設されたハンセン病療養所です。当初、敷地2万坪、定員300名の規模でした。なおも増設工事が行われていた、昭和9年(1934年)9月21日の室戸台風により入所者173名(当時の入所者597人の約3割)・職員3名・職員家族11名・施設拡張工事関係者9人、計196名の尊い命が奪われました。

 壊滅的被害を受けた建物は再建されることなく、岡山県邑久郡の長島に「邑久光明園」として再興されました。

 ハンセン病患者に対して、国・地方自治体が推し進めた強制隔離政策は、重大な人権侵害であり、社会に様々な偏見・差別を生み、患者・元患者・家族の方々に多大な苦痛と苦難を強いてきました。

 「らい予防法」が廃止されたことを記念して国立療養所邑久光明園入園者自治会の方々が、「外島保養院」跡地に平成9年(1997年)11月19日記念碑を建立されました。

 碑 文

「明治四十二年四月 法律第十一号ニ基ヅキコノ地ニ第三区府県立「外島保養院」設立サレル 即チ 大阪府主管ノモト京都 兵庫 奈良 和歌山 滋賀 三重 岐阜 福井 石川 富山 鳥取 の二府十県連合ニヨル 公立ハンセン病療養所トシテ開設サレタノデアル

 昭和九年九月二十一日室戸台風ノ襲来ニヨリ施設ハ壊滅流失 患者百七十三名職員三名職員家族十一名ガ死亡スル大惨事トナリ生存患者四百十六名ハ全国六施設ニ分散委託 昭和十三年四月岡山県長島ノ西端ニ名称ヲ光明園ト改メ復興昭和十六年国立移管 邑久光明園ト改称現在ニ至ル

 平成八年四月「らい予防法」廃止サレル 強制収容絶対隔離ヲ根幹トシタ日本ノハンセン病対策ノ終焉ヲ記念シ外島保養院ノ日々ニ思イヲハセ茲ニ記念碑ヲ建立スルモノデアル

                             平成九年十一月 邑久光明園入園者自治会」

外島保養院記念碑の写真

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