井路(いじ)の名残り
[2009年3月16日]

区内は昔から有名な低湿地帯であったので、井路(人口水路)がよく発達し、寝屋川や六郷川のほかにも重要な井路が数本あり、網の目のように通っていました。
戦後しばらくまで、鶴見区の井路では三枚の板で出来た幅1メートルあまりの「三枚板船」が人や物を運んで行き来していました。
その頃は橋のうえから川底の砂がみえるほどで、うなぎやどじょうが取れ、ホタルが飛び交うのどかで美しい水路で、夏には子供たちの格好の遊び場でした。
昭和40年代から井路は次々に埋め立てられ、今ではほとんど道路になってしまいましたが、浜から安田、茨田大宮にかけてまだ一部昔の風情がのこっています。安田中の橋のうえから、井路を眺めていると、昔の水郷地帯の、のんびりとした風景が目に浮かんでくるような気がします。
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