大村益次郎卿殉難報国の碑
2025年2月17日
ページ番号:636714

文政7年(1824年)に周防(現山口県)生まれ。
才に秀でた兵学者で幕末に官軍の近代化に尽力し明治維新に貢献した、日本の近代陸軍兵制の確立者である。
明治2年(1869年)9月に京都三条木屋町にて神代直人ら攘夷派浪士に襲撃を受けるも、京都では満足な治療が受けれず、大坂の浪華仮病院(現大阪医療センター)に転院するが、手術後に敗血症を患い同地で病没する。
碑は昭和16年(1941年)浪華仮病院のあった当地に建立された。

- 本ぺージ掲載写真について無断転載・掲載不可となっています。
探している情報が見つからない

このページの作成者・問合せ先
大阪市中央区役所 魅力推進課区政企画グループ
〒541-8518 大阪市中央区久太郎町1丁目2番27号(中央区役所5階)
電話:06-6267-9683
ファックス:06-6264-8283