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020 開高健文学碑

2021年12月24日

ページ番号:32787

開高健は小学校教員を父として、昭和5年(1930年)に天王寺区に生まれました。
7歳の時に北田辺に転居し、昭和18年(1943年)に旧制天王寺中学(50期生)(現・大阪府立天王寺高校)へ入学しましたが、在学中に父親が病没し苦学しました。
第二次大戦後、旧制大阪高等学校文科(英語)に入学し、学制改革により、翌年大阪市立大学法文学部法学部に編入(大学1期生)しました。
大学在学中に谷沢永一主宰の同人誌『えんぴつ』に参加、昭和27年(1952年)1月に同人仲間の牧羊子と結婚します。 羊子の紹介で壽屋宣伝部に中途採用され、PR誌『洋酒天国』の編集やウイスキーのコマーシャルで有名となります。
この頃に芥川賞を受賞(裸の王様)し、独立し文筆業に専念します。
昭和39年(1964年)に朝日新聞社臨時特派員としてベトナムの最前線に出ました。
反政府ゲリラの銃撃に遭って、総勢200名の内17名の生還者でした。
ベトナムでの戦争体験による作品でも有名となります。
また、釣り道楽者としても知られています。
平成元年(1989年)に食道癌の手術を受けましたが、その後、食道腫瘍や肺炎を併発して58歳で死去し、墓所は鎌倉・円覚寺にあります。
死後、開高の業績を記念して開高健ノンフィクション賞が創設されました。
また、後半生の16年間を過ごした神奈川県茅ヶ崎市に開高健記念館が開設されています。
当顕彰碑は開高健が北田辺に住んだ小、中、高校の頃を記念して、有志の募金により近鉄北田辺駅前に平成17年(2005年)11月5日建立されたものです。 

開高健文学碑

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