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042 酒君塚古墳(さけきみづかこふん)

2021年1月25日

ページ番号:33857

酒君塚公園

東住吉区東部にある鷹合・桑津・山坂の一帯には、かって大きな古墳群があったことが、江戸時代の地籍図や古墳にまつわる伝承などから推定されています。
駒川上流右岸にある鷹合の酒君(さけきみ)塚古墳は、近年の発掘調査によって、現在の墳丘の盛土下に、かって平塚と呼ばれた長径35m以上、高さ2m前後の古墳の墳丘が確認されました。
さらに、出土した円筒埴輪から築造時期は四世紀末で、田辺古墳群では最も古い古墳であることも明らかになりました。
酒君塚古墳(平塚)は、御勝山古墳に次ぐクラスの平野川に至る駒川・今川水系の首長墓であり、田辺古墳群の被葬者の頂点に立った倭王権とも関わりの深い人物であったとされています。
酒君については「日本書紀」の仁徳天皇四三年の条に、「依網屯倉阿弭古(よさみのみやけあびこ)が、不思議な鳥を捕まえて天皇にさしあげたところ、天皇はその鳥が鷹であることを知られ、百済王の一族である酒君に命じて鷹を養わせた。」とあります。

「大阪遺跡」大阪市文化財協会編(創元社)には、下記の図があります。

酒君塚の断面模式図

「大阪遺跡」大阪市文化財協会編(創元社)から

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