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047 住道(須牟地)廃寺跡(すむちはいじあと)

2022年1月14日

ページ番号:33862

住道(須牟地)廃寺跡

矢田中学校から北西部30mに藤原不比等(659年~720年)が建立し、僧玄昉(ゲンボウ)が開基したと伝える寺跡があります。
平安末期の兵火(源平合戦)にかかり焼失したと言われる大きな寺院で、古瓦や塔芯石が確認されています。
中臣須牟地神社と共に、初期の中臣氏(藤原氏)との関わりの深さが推察できます。
寺跡に大きな塚が立っており、寺が兵火で焼けた際の灰を集めたら、この塚になったと言われています。
石の塔芯礎が、ここより南西310mにある常栄寺の雨受けに転用されていますが、寺院規模や伽藍配置は確認されていません。
芯礎石の大きさは底辺167cm、高さ150cmの正三角錐台。芯礎石の中央にある柱穴の直径は67cm、深さは16cmのようですが、手水鉢に加工した際に、より深くえぐったようで、寺内の説明板には赤く描いて舎利骨の穴がえぐり取られた跡を示しています。
石の材質と加工の状態から奈良時代に造られたものと判定される上に、石に焼けた跡が見られるので、須牟地寺の塔礎石と判定されています。

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