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融通念仏宗一向山 専念寺(せんねんじ)

2019年7月12日

ページ番号:297069

案内板

専念寺は、『(「)大念佛寺四五代記録并末寺帳(だいねんぶつじよんじゅうごだいきろくならびにまつじちょう)』によると「慶長二年(一五九七)摂津(せっつの)国(くに)住吉郡中喜連(すみよしぐんなかきれ)村(むら)に創建されたり」とある。寺伝では道(どう)善(ぜん)上人(しょうにん)の開基である。

一向山については、「一向(いっこう)専念無量寿佛(せんねんむりょうじゅぶつ)」という経文があり、多くの方々と伴に、一心に念仏をお唱えすれば百万遍(ひゃくまんべん)の功徳を成就するというこの時代の強い念仏信仰がこめられた山号(さんごう)である。

現在建っている本堂は、宝(ほう)永(えい)地震(じしん)被災後に改修が立案され、長期間をかけて敷地を拡張し、藁葺(わらぶき)を瓦葺(かわらぶき)に葺き替えて、安永四年(一七七五)に完工したものである。内陣は中世の道場様式を残す押し板形式を留めている。また本堂・山門の軒(のき)丸瓦(まるかわら)に豊臣家の五七(ごしち)桐(きり)紋(もん)が使われ、中喜連の地が豊臣家天領だったことがわかる。

尚、専念寺には、寛政六年(一七九四)に服部(はっとり)規氐(きてい)居士(こじ)により奉納された『大般若経(だいはんにゃきょう)』六百巻と、箱書に「法(ほう)雲寺(うんじ)(廃寺)什物(じゅうもつ)」とある十六(じゅうろく)善(ぜん)神図(じんず)が残されていて、毎年一一月三日、大般若(だいはんにゃ)経(きょう)転読(てんどく)法要(ほうよう)が厳(ごん)修(しゅ)されている。喜連在住のみなさんの信仰を集め、当日は老若男女の信徒の方々で満堂となる。

【所在地】
平野区喜連4-5-7

【電話番号】
06-6709-7221

御本尊 御出光願い

御本尊 御出光願い
大阪市立博物館所蔵
喜連専念寺においてもご本山にご本尊の御出光をお願いする書状がみつかりました。「日照りが続いたのでそのために、五穀成就の御はらいをしょうということでご祈祷の為に明くる四日にご本佛様に御出光をいただくようにお願いします。なにとぞ願い事をお聞きいただけますれば有り難くぞんじあげます。」という内容を喜連村の総代が連名で文政九年戌の年八月三日に大念佛寺にお願いするという事がかかれています。次に、総代の願いを保障するように檀那寺である専念寺の判と当時の看坊、忍教の判をつけて本山である大念佛寺にお願いしたものです。

大般若経転読法要

大般若経転読法要
11月3日は毎年、大般若経転読法要を専念寺にて厳修されます。寛政6年(1794)に服部規氐大居士が一巻一巻600百巻写経されたものです。

最近見つかった十六善神

最近見つかった十六善神

最近見つかった十六善神

最近見つかった十六善神(左図拡大)

箱書上部「一六善神壱幅」 下部「摂州住吉郡中喜連村法雲寺常什物」

箱書上部「一六善神壱幅」 下部「摂州住吉郡中喜連村法雲寺常什物」
この掛け軸の箱書・裏書には「摂州住吉郡中喜連村 法雲寺常什物 中喜連村服部規氐所持 俵具一式施主 服部隼人」と書かれています。喜連に法雲寺というお寺があったことがわかります。
十六善神とは、姿かたちは醜怪な夜叉(やしゃ)や鬼神(きじん)ですが、ひとたび佛の教えを聴いて、すぐ改心し、善心をおこして三宝に帰依しました。ことにこれらの善神たちは「般若」をこれから我々で大切にお守りします、という大誓願(せいがん)をおこしたので、以後、これらの神々を「般若守護の善神」としました。大般若経転読法要の時にはご本尊として掛けられていたのではないかと思われます。

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