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東淀川区へようこそ!

2019年5月30日

ページ番号:423536

 東淀川区は、約17万5千人(人口は市内第3位)が暮らすベッドタウンです。
交通の便がよい便利で住みやすいまちであり、聖徳太子や菅原道真のゆかりなど、古い歴史があり、淀川・神崎川・安威川の自然があり、区内に2つある大学などを中心に若い活気にあふれています。

 また、区内では現在、鉄道や道路などの大規模な都市基盤整備が進められており、今後、まちの様相は大きく変わっていきます。

 歴史もにぎわいも変化もある、東淀川区はそんなまちです。

 みなさまの東淀川区での生活が素晴らしいものになりますよう、「住んでよかった、住み続けたい東淀川」実現のために、職員一同、全力で取り組んでまいります。

 今後ともよろしくお願いいたします。

区長

東淀川区長 北岡 均

東淀川区のあらまし

 縄文時代、大阪平野は海の底であり、現在の東淀川区南江口・大桐あたりが淀川の河口でした。河口付近の堆積物が洲となり、芦の茂る多くの浅洲や島がある、「難波八十島」と呼ばれました。今も東中島や柴島など、「島」がついた地名が多く残ります。

  しばしば洪水が発生し、住民を苦しめましたが、明治11(1878) 年の神崎川付替工事・ 同30年代の淀川改修工事等により、流路を変え、現在の姿になりました。

 大阪市は、明治30(1897)年の第1次市域拡張に続き、大正14(1925)年4月に第2次市域拡張を実施、このとき、当時の西成郡中津・豊崎・西中島・神津の各町と豊里・大道・新庄・中島・北中島の各村が大阪市域に編入され、東淀川区が誕生しました。

 その後、昭和18(1943)年4月に大淀区(当時)を分離(大阪市は15区から22区制に)、昭和49(1974)年7月に淀川区を分離(大阪市は26区制に)し、現在の区域の東淀川区となりました。 

 東淀川区は、世帯数92,435で市内2位、人口175,530人で市内3位(いずれも平成27年度 国勢調査)の規模を誇る区となり、平成27年4月に大阪市域編入90周年を迎えました。

 都市基盤整備では、平成18年12月に大阪市の東部地域を南北に結ぶ「地下鉄今里筋線」が開業。現在は、淡路駅周辺において、阪急電鉄京都線・千里線の連続立体交差事業に伴い、駅だけでなく、駅前広場や道路・公園の整備などが進められています。

 また、大阪外環状鉄道の整備事業(JRおおさか東線)も進められており、平成20年の南区間(放出~久宝寺)開通に続き、JR淡路駅を含む北区間(新大阪~放出)が平成31年3月16日に開業しました。

 ますます便利に暮らしやすくなる 東淀川区の今後にご期待下さい!

淀川改修前

明治17~23年頃の東淀川区(淀川改修前)

JR淡路駅

平成31年3月開業のJR淡路駅

東淀川区内のスポット

瑞光寺と雪鯨橋(せつげいきょう)


瑞光2-2-2

 聖徳太子が創建したと伝えられる瑞光寺は、大阪大空襲で本尊を除く寺宝一切を失いましたが、昭和59年に現在の寺が再建されました。境内の弘済池にかかるのが、何とも珍しい鯨の骨でできた雪鯨橋です。1756年、住職の潭住(たんじゅう)が和歌山の漁師に請われ豊漁祈願をしたのちに、漁師から贈られた鯨の骨を使って橋を架け、鯨たちの冥福を祈ったと言われています。和歌山県太地町の協力で定期的に架替えられ、現在の橋は7代目です。

江口の君堂(きみどう)(寂光寺(じゃっこうじ))


南江口3-13-23

 平安時代、淀川水運の泊地として栄えた江口の地で、歌人西行法師が四天王寺詣の途中、雨宿りを乞うたところ「江口の君」と呼ばれた家主の遊女・妙(たえ)に断られましたが、その際妙が詠んだ奥ゆかしい返歌の見事さに感銘し歌を詠んで一夜を語り明かしたということです。(問答歌は新古今和歌集に所蔵)妙はその後仏門に帰依し高相比丘尼(こうそうびくに)と名を改め、寂光寺を創設しました。

逆巻(さかまき)地蔵尊


大桐5-4

 淀川改修工事前、現在の豊里大橋付近は水流が激しく、帆を逆さに巻き上げ逆流を渡る船便の難所で「逆巻村」と恐れられました。1846年、犠牲者の慰霊と船便の安全守護を祈願して地蔵が建てられると不思議と事故がなくなったそうです。

 明治31(1898)年、淀川改修工事により村は川底に沈み、逆巻地蔵は難波に移設することになりましたが、観仏寺の住職が、動けない僧を背負って帰ると地蔵に変わっていた夢をみたことから、きっとこの地にいたいのだろうと、地蔵を引き取ったということです。

大隅(おおすみ)神社


大桐5-14-81

 東淀川区の地名が文献に初めて登場するのは日本書紀。291年、応神天皇が大隅島に離宮を置いていた記事です。応神天皇崩御後、里人が神祠を建立したのが大隅神社の起源です。境内にたくさんの狛犬や灯篭が並んでいるのがユーモラスですが、稲生神社など周辺の神社を合祀したためです。

大宮


大道南3-2-2

 大隅を放牧の適地として奨励し、牛乳を固めた酥(そ)を朝廷に献上するなど発展に尽くした安閑天皇が主祭神です。明治頃まで「乳牛牧(ちちうしまき)」という地名が残っていました。御神体の木象は聖徳太子の直作と伝わります。太子は安閑天皇の弟の孫、この地を四天王寺(現天王寺区)建立の候補地として度々訪れました、「聖徳太子社」があったり、「豊里」「三番」等ゆかりの地名が残ります。なおこの地の四天王寺建立は水害が多いことから実現しませんでした。

菅原天満宮


菅原2-2

 延喜元(901)年、菅原道真が大宰府へ左遷される途中に上陸し、村人が「牛まわし」でお慰めしたといわれ(境内に「牛まわし」の石碑)、その縁から1600年代に勧請されました。樹齢500年の楠が印象的です。水害の歴史(天保時代、堤防の盛土が命じられた)から、毎年10月に幼稚園児が清めの砂を境内に運ぶ「砂持ち行事」が行われています。ちなみに、道真がこの地を「淡路島」と勘違いして上陸したという故事から「淡路」の地名が起こったといわれます。

中島大水道跡


西淡路5-1

 江戸時代、洪水による米の不作に苦しむ村民のため、一柳太郎兵衛をはじめ3人の庄屋が排水路の建設に立ち上がりましたが、幕府の答えは「費用は全て百姓負担」。補助を申し出ると許可は帳消しに。1678年、3庄屋は無許可のまま工事を強行。村民総出で東淀川区から大阪湾まで約9.2㎞もの水路をわずか28日(50日という説も)で完成させました。怒った幕府が工事の中止と出頭を命じますが、3庄屋は抗議の自決をしました。この悲壮な行為に幕府も無視できず、補助金を出したということです。明治30年代の淀川改良工事により埋め立てられた大水道ですが、碑文が当時を伝えます。

高射砲台跡


西淡路5-4

 太平洋戦争において、米軍機を撃ち落とす高射砲を配備するため旧日本軍が作った砲台です。西淡路(国次)高射砲陣地には、6基の砲台に約150人が配属されました。当時は市内だけでも約300基の砲台がありましたが、ほぼ完全な形で残るのはここだけと言われています。

崇禅寺(そうぜんじ)


東中島5-27-44

 8世紀に行基により創建。室町時代の嘉吉(かきつ)の乱で暗殺された6代将軍足利義教を葬った縁から義教と細川家(攝津守護細川持賢)の菩提寺として再興。義教の首塚や細川忠興の妻・細川ガラシャの墓などがあるほか、昭和20(1945)年6月7日、大きな被害を及ぼした大阪大空襲の戦災犠牲者慰霊塔もあります。

中島惣社(そうしゃ)


東中島4-9-41

 7世紀中頃五穀豊穣を祈念し創建。豊臣家が崇信していた記録もありますが、大坂の陣(1615年)により、多くは焼失しました。中島郷48か村の親宮(総社)で、明治41~42年に多くの神社を合祀しました。崇禅寺からの一帯は崇禅寺馬場と呼ばれ、明治時代には、1万9千坪もの境内を持つ立派な神社でした。広範囲に残る鳥居がその広大さをうかがわせます。

柴島(くにじま)浄水場


柴島1-3・8 東淡路2-1

 大正3(1914)年に当時東洋一と言われた水源地として完成。今も高度浄水処理された良質な水を市内広域に給水しています。毎年4月に一般公開される桜並木のトンネルは、大阪の春の風物詩です。赤レンガ造りの水道記念館(写真)は名建築家・宋兵蔵の設計によるもので、ネオ・ルネッサンス様式の傑作。国の登録有形文化財に登録されています。(現在は学習施設として、土・日・祝日等に一般開放しています)

川・橋・河川敷

淀川河川公園 バーベキュー場

淀川河川公園(豊里大橋付近)バーベキュー場

淀川越しの梅田ビル群

東淡路1丁目付近からみた淀川越しの梅田ビル群

(淀川・神崎川・安威川付近)

 川に囲まれた東淀川区。美しい橋の架かる川面の風景や自然に触れ合える河川敷など見どころ満載です。淀川河川公園にはテニスコートや野球場、バーベキュー場(駐車場もあります)があるほか、淀川や神崎川沿いのサイクリングロード「なにわ自転車道」もあり、親しまれています。

 ヨシ原やワンドの環境保全に配慮して建設された「菅原城北大橋」、日本万国博覧会関連事業で市内初の斜張橋として建設された「豊里大橋」、日本後記にも橋名が残る「長柄橋」、上述の「雪鯨橋」は、浪速の名橋50選に選ばれています。

東淀川区へようこそ

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大阪市東淀川区役所総務課広報・広聴相談・総合企画グループ
住所: 〒533-8501 大阪市東淀川区豊新2丁目1番4号(東淀川区役所1階)
電話: 06-4809-9908 ファックス: 06-6327-1970

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