玉出の環濠
2009年3月16日
ページ番号:687763

環濠はお城の堀のように水を引くことによって外敵から守る形であったようで、石山合戦の頃、勝間村(現在の玉出の一部)に砦があったと言われ、江戸時代になってからも新しく石垣を築き、東・西の門と言うように造っていったと言われている。
当時の環濠の幅は広い所で約1.8m位で、これを渡る橋は御影石で出来ていて、現在の玉出中学校と玉出西公園を囲むようにあり昭和9年頃まで残っていたと言われ、その後、下水道工事など諸工事で大部分が無くなったと伝えられている。
文化・名所・旧跡トップに戻る

