令和8年度中学生体験学習事業参加生徒の感想
2026年10月19日
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令和8年7月28日~30日に中学生体験学習事業で岩手県を訪問した生徒の感想です。
東日本大震災の被害や復興の状況などについて学んだ生徒たちがどう感じて福島区に帰ってきたかを感想文として提出していただきました。
参加生徒の感想文
八阪中学校
2年生 岡山 莉乃
私が被災地訪問に参加して特に印象に残ったことは「避難するときは遠いところよりも高いところに逃げる」と「津波てんでんこ」の2つです。
1つ目の「避難するときは遠い所よりも高い所に逃げる」は、被災地訪問に行った際のプログラムでほとんどの人がおっしゃっていたので、とても印象に残りました。地震が起きた時に、津波が来ると予想して避難しますが、その時に思わず時間があると思ってしまったり、まだ予測されている時間じゃないから大丈夫と思ってしまい、遠くて高いところに逃げてしまう人がいます。ですが、実際に東日本大震災でもその予測されている時間よりも早く津波が来てしまい、遠くて高いところに逃げていた人が亡くなられたケースがたくさんありました。予測されている時間よりも、早く津波が来ることがあると予測して、遠いところではなく、近くてもいいのでとにかく高い所に逃げることを大事にして避難しようと学びました。
2つ目の「津波てんでんこ」は、津波が発生した際、家族や周囲の者と一緒に行動しようとせず、各自がバラバラに一目散に高台へ逃げ、自分の命を自分で守るという三陸地方に伝わる防災の教訓・標語のことです。語り手さんから聞いた話によると、実際に東日本大震災でも、家族など一緒に行動できる人を待ち、津波に巻き込まれて亡くなられた方がいました。なので、地震が起きて避難するときは家族や大切な人もしっかりと逃げて助かっていると信じて、自分の命を最優先にして避難しようと学びました。
他にも、「釜石の奇跡」という小中学生が主体となって行った避難行動によって多くの命が助かったことに基づき、私たちの学校での避難訓練の見直しなど、被災地訪問に参加させていただいて、たくさん気づいたことや学んだことがありました。この気付きや学びをこれからの学校生活や後世に伝えていきたいなと思います。本当に貴重な体験をさせていただきありがとうございました。
3年生 陰山 太耀
まず、このような貴重な経験をさせていただきありがとうございました。
この被災地訪問を通して私が特に印象に残ったのは「津波がきたら遠くに逃げるのではなく、高いところに逃げる」「避難時間は思っている以上に短く、行動することは難しい」の2つです。
1つ目の「津波が来たら遠くに逃げるのではなく、高いところに逃げる」は津波語り部さんほぼすべての方がおっしゃっていました。実際に被災した方からのお話を聞くことは初めてで、ニュースや学校での学習で知ったこと以上に震災・津波の恐ろしさを感じることができました。「学校で行われている避難訓練どおり、各自避難場所に走って避難した」と聞いて、避難訓練の大切さがわかりました。実際に津波の映像や津波に押しつぶされた車を見学でき、津波の威力がひと目で分かるくらいでした。
2つ目の「避難時間は思っている以上に短く、行動することは難しい」については「防災学習・あの日」で感じることができました。実際に震災が起きたときに起こり得る「分かれ道」。一つの選択で時間が経ってしまうこと。瞬時に選択しないといけない。指定避難場所についたとき、「避難時間ってこんなに短くて、難しいんだ」と実感しました。
語り部さんからの宿題
「私たちは高台に避難しました。しかしここで過ごすのは厳しいと判断し、高台から降りてバスで避難することにしました。この場合、みなさんはどうしますか?」
もし私がこの状況に陥ったら、低いところに行って避難するのは不安で、高台にとどまっていると思います。語り部さんはあと1分遅れていたら津波に飲まれていたかもしれないとおっしゃっていました。「防災学習・あの日」で感じた「判断は早く」をしっかりできたからこそ避難できたのだと思いました。
この3日間で学んで終わらせず、家族と避難場所を確認しておくなど準備し、来ないことを願いますがいつ来てもいいようにしておくことが大切だと感じました。
3年生 高田 葵生
「あの日のことを忘れないでほしい。」現地で出会った語り部の方のその言葉が、今でも私の胸に強く残っています。今の中学生は、東日本大震災の当時は生まれてもいませんでした。当時のことを全く知らない私にとって、被災地とはニュースや教科書の写真の中にしかない遠い世界でした。そんな私が生徒会の一員として、初めて自分の足で訪れることになりました。
当日は、実際に被災された方に場所案内をしていただきながら、直接お話を聞きました。眼の前の風景と重ねながら語られる当時の体験談は、息をのむほど生々しく、言葉一つ一つに言葉で言い表せないほどの重みを感じました。案内をしていただく中で訪れた「高田松原津波復興祈念公園」では、壊れたままの建物が残る風景の中に、ポツンと立つ「奇跡の一本松」を目にしました。写真では伝わらない津波の猛威と生命力を同時に感じ、生まれていなかった私でも、ここで生まれた人たちの強い思いや悔しさが自分のことのように実感しました。語り部の方は、日常が一瞬で奪われる恐ろしさを力強く語ってくださいました。教科書で知ることのできない人々の複雑な人間関係や葛藤を知り、ただ歴史として勉強するよりも遥かに強く感情移入することができました。その中で、投げかけられた冒頭の言葉は、「生まれてもいなかった自分には関係ない」とどこかで他人事のように感じていた私の心を大きく揺さぶりました。生々しい証言を聞いたからこそ、教科書の知識だけではなく、本当に起きた出来事として忘れられないものになりました。
被災地訪問を通して、生まれていなかった私だからこそ、「知り、伝える責任」があると学びました。現地で感じた真実を仲間に共有するため、生徒会として、報告会を開き、身近なところから防災意識を高めていきます。あの場所で教えてもらった大切な思いを私はずっと忘れずに伝え続けていきます。
下福島中学校
2年生 佐伯 梨帆
今回の被災地訪問で私は、東日本大震災の津波の被害を中心に、災害の恐ろしさやSDGsについて、多くの経験と学びを得ることができました。その中でも災害についての向き合い方が変わり、考えさせられることが多くありました。
多くの語り部さんの話の中に「自分たちに置き換えてみてほしい」という言葉がありました。その言葉を聞いて、これから来ると言われている南海トラフ地震が来たとき、自分には何ができるのか、どのような行動を取ることが正解なのかを考えていました。
「防災X観光アドベンチャーあの日」では、実際に被災したときを想定したプログラムを行い、大きな地震を経験したことがない私は、その場での「瞬時な判断」がとても大切であることを学びました。地震が来る前の備えも大切ですが、いざという時の判断力も必要だと強く感じました。
高田松原津波復興記念公園での説明や語り部さんのお話では、被災された学校のお話で、「生徒の助かった命の割合はとても高かった」と聞き、その理由は主に「学校の避難訓練がとても役に立った」といっていました。避難訓練をたくさん行い体に染み付かせている学校もあれば、回数ではなく、何パターンもの避難訓練を行うことで、どんな状態になっても対応できるように経験を積んでいる学校もありました。
私は、私たちの学校でも災害の対策のためにいろいろなことができると考えました。1回1回の避難訓練で沢山の経験を積むことや、今回の私たちが被災地訪問の報告発表をすることによって一人一人が災害に対しての考え方や向き合い方も変わってくると思います。
今回、私たちは被災地訪問という貴重な経験をさせてもらい、災害について真剣に向き合うことができました。改めてこの度被災地訪問という貴重な機会をご準備いただきありがとうございました。
3年生 松元 なつみ
私はこの3日間でたくさんのことを学びました。当事、被害に遭われた人のお話を聞き、震災で残った跡を見て、その場でしか感じることのできない貴重な体験をすることができました。
三陸鉄道では、災害への備えと復興の大切さを感じました。防潮堤は津波を完全に防ぐものではなく、津波から逃げるための時間をかせぐためのものだと知りました。この列車は、津波で線路が浸水し、勢いが強く脱線してしまいましたが、乗っていた22人全員が助かりました。さらに、停電しても油で動くので災害対策本部を立ち上げることができたと知りました。災害から5日後に復興するということは多くの人に勇気をあたえたと思います。たくさんの語り部さんからお話を聞いて、みなさんには、ある共通点がありました。それは、「とにかく高いところに逃げる」とみなさんおっしゃっていました。
私は、語り部さんたちのお話を聞いて、いつもの避難訓練が通用しないこともある。地震発生から津波到達までは時間があるようでないということなどを学びました。この教訓が、これから起こると言われている南海トラフなどに活きてくるものであり、犠牲者を減らすためにも重要なことだと思いました。このような貴重な体験をさせていただいたからできることをしていきたいと思いました。
3年生 三﨑 謙
僕は3日間の体験学習を通してたくさんのことを学びました。その中で強く印象に残った出来事があります。
それは一日目の大津波語り部さんの話を聞いていたときのことです。突然語り部さんのスマホから地震の警報が鳴りました。東日本大震災の話を聞いていたこともあって、僕は一気に頭が真っ白になりました。ですが、その警報は東北ではなく、九州の熊本で起きた地震のものでした。熊本県が大変なことになっているという気持ちもありつつ、僕は恐怖が抜けていくようにホッと一息つきました。それからまた学習が再開され、最後に語り部さんが「もし自分たちが災害に巻き込まれたらどうするのかを考えてほしいです。」
と言って、学習は終わりました。そこから僕はもし地震が熊本ではなく、今いる岩手県だったら、自分が住んでいる大阪で起きたなら、何ができるか、何をすればいいのかをニュースを見ながら考えていました。そのような状況になったら、パニックで何もできないかもしれないし、怖くて動けないかもしれない、そう思いました。でも、生きるためには、動かなければいけない、避難しないといけないのだと今回の熊本地震もそうだし、学習を終えて感じました。
大阪に住む僕たちはあまり災害を知りません。しかし今回の学習を通して学んだことは、「とにかく逃げる」です。他にもたくさん勉強になったけど、これは震災から助かるためには、1番大切だと思いました。これから南海トラフ地震が予測されている今、改めて、災害について、僕たちは考えないといけません。体験学習で学んだことをたくさんのひとに伝えて、災害が来ても自分も、周りを助けられるようになりたいです。
野田中学校
3年生 大木 もえ
今回の被災地訪問では、さまざまな経験をしましたが、特に印象に残ったことが三つあります。
一つ目は、二日目の防災学習「あの日」です。今までの防災学習とは違い、初めて行く場所で、災害に遭った時を想定し、自分で避難場所まで行くという活動はとても難しかったです。この時は、自分の命を第一に考え、助けを必要としている人を置いて避難するという判断ができました。しかし、実際に災害が起こった時に、本当に同じような判断ができるのか分からないと感じました。
二つ目は、高田松原津波復興記念公園です。実際に場所を移動しながら目で見てお話を聞くことで、これまで以上に理解が深まり、たくさんのことを学ぶことができました。また、奇跡の一本松を実際に見ることができたことも、とても印象に残っています。
三つ目は、三日目の命をつなぐ未来館で聞いた語り部さんのお話です。私たちと同じ中学生だった方が当時感じていたことや、その時の状況を知ることができました。そのお話から、災害が起きた時の咄嗟の判断や、普段からの避難訓練の大切さを改めて感じました。
この三日間を通して、私たちの中学校の避難訓練は本当に今のままでよいのか、どうすれば一人でも多くの人が助かる判断をできるのかという、不安や疑問がたくさん生まれました。今回の被災地訪問で学んだことや感じたことを、私たちだけで終わらせず、学校全体に伝えていきたいです。そして、いつ起こるか分からない災害に備え、一人ひとりが自分の命を守るための判断ができるようにしていきたいと思いました。
3年生 小山 詩乃
私たちが毎日あたりまえに過ごしている日常。しかし、今から十五年前の三月十一日に起きた東日本大震災。その日、たくさんの人のあたりまえが、一瞬にして崩れました。私たちはその被災地である岩手県で、三日間、たくさんのことを学ばせていただきました。
まず私が心に残っていることは、田野畑村での大津波語り部です。当時高校生だった高橋さんは、震災時、海岸の清掃活動を行われていました。「地震だ」と誰かが叫んだ瞬間、崖に囲われていたその海岸に、崖が崩れ落ちてきたとおっしゃっていました。やっとの思いで逃げ、最終的に山を越え乗ってきたバスへ戻り、津波に巻きこまれなかった高橋さんは、後に先生に「あと1分で危なかった」と言われ、本当にあの時下山すべきだったのか。助かったから良かったものの、一般的には山に残るべきだったのではと感じたそうです。どうすればよかったのか、その問いに、私は今も答えを出せずにいます。だからこそ、考え続けることが大切だと、私は感じました。
もう一つ私が心に残った体験は、避難時に直面する様々なアクシデントを疑似体験する、防災学習プログラム「あの日」です。この体験で、私はたくさんの選択をしました。避難が困難な高齢者や怪我をした方を助けるのか。避難後必要になる物が入ったカバンを命がけで持っていくのか。すぐには判断できない、でも被災した際、必ずしなければならない決断の数々を知りました。相手を信じ、自分1人で逃げる怖さ、辛さを痛いほど実感しました。
こういったたくさんの経験の中で、私は再度、命の大切さと決断の難しさ、1分1秒を争う震災の恐ろしさを体感しました。そして、この三日間で学んだことを、地域に伝えていく、バトンを受け継ぎました。答えのない問いだからこそ考え続け、家族や友人と話しあい、地域全体の防災への意識を高める。それが、あの日を生きぬいた人々からの思いに応える、私たちの使命だと、私は思いました。
3年生 澤田 聖菜
私は、東日本大震災について、行く前に知ったつもりになっていました。しかし実際被災地に訪れてみて考えが変わりました。
まず復興についてです。地下水族館もぐらんぴあでは、すべてが倒壊した写真を見たあと、水族館を見学して復興は本当に大変で、いろいろな方の支えがあったからできたのだなと思いました。
次に、「つなみてんでんこ」です。語り部さんのお話を何回か聞いた中で、共通して言っていました。「つなみてんでんこ」は、てんでバラバラになって逃げろという意味で、津波防災の標語になると、津波の時は、それぞれに命を守れという意味になるそうです。津波が来たときには、本当に大切にしなければならないと思いました。
そしてこの3日間で一番大切だと思ったことは、避難訓練です。あらかじめ準備をしておくことが、どれだけ大切かわかりました。いろいろな語り部さんのお話を聞く中で、助かった方々は避難訓練のおかげだと言っていました。
この3日間、たくさんの事に気づき、学ぶことができ、貴重な経験となりました。また、野田中学校と比較し、まだまだ準備が足りていないと気づくこともできました。災害についての意識も、より高まりました。この3日間の経験を活かして、私たち生徒会が率先し、中学校や地域の方々を安全に導くことができればいいなと思っています。
※ 掲載の感想文は、誤字などについて若干の修正を加えていますが、中学生が感じたままの被災地の状況や自分たちが得た知識の範囲での感想をお伝えするため、ほぼ原文のまま掲載しています。
中学生体験学習事業報告リーフレット
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