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084 大和川の今池遺跡

2022年2月18日

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宝永元年(1704年)の大和川の付替え工事において、柏原~堺の14.5kmを僅か8ケ月の短期間で完成することが出来たのは、平地に堤を構築し、開削したのは浅香山と瓜破地域のみであったからとされています。
そのような理由から、大和川の敷設場所に当った今池地区から旧石器時代から近世に至る生活の痕跡を残している遺跡が大和川の左岸付近から発掘されています。
この遺跡から、難波宮と大津道を結ぶ一直線の古代道路(難波大道)が敷設されていたことが確認されました。
朱雀門跡が大阪市立聾学校校庭内から出土し、これを基点として地図上をまっすぐ南下すると、天王寺の教育大学東側(この辺りに「大道」の地名が残っています)と、田辺法楽寺の西部や山阪神社の東部を経て、今池の出土場所までは完全な1直線で結ぶことができます。

上:昭和30年代(1955年~1964年)の大和川航空写真
下:今池遺跡の発掘現場全景

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