西成区の成り立ち
2025年5月30日
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西成区は令和7年に区制100周年を迎えました。
大阪市の南西部に位置する行政区であり、区内はおおむね平坦な地形で、大半が住宅街、西部の一部地域が工業地域となっています。
鉄道や幹線道路などの交通網は主に南北方向に通過し、難波などの大阪市中心部や堺市・大阪府南部方面へとつながっています。
新今宮駅付近にはあいりん地区(釜ヶ崎)が所在しており、天王寺にも程近い場所に位置する飛田新地はかつての遊郭でした。
明治時代ごろまでは玉出や天下茶屋に集落があったほかは農村地帯でしたが、大正時代になり大阪市中心部にも近い地理条件から急速な宅地化が進み、区の西部では工業地域化が進みました。
1925年に西成郡今宮町・玉出町・津守村・粉浜村の4か町村が大阪市に編入され、旧4か町村の範囲で西成区を新設しました。区名は旧郡名に由来し、その後1943年に周辺区と境界を調整して現在の西成区となりました。
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