旭区生江3丁目29番
城北公園事務所 電話:06-6928-0005
明治18年の淀川大洪水ののち、淀川の付替工事が行われましたが、その時の廃河川敷につくられたのがこの公園です。昭和9年に開園、太平洋戦争により荒廃していたのが逐次整備されています。
また、昭和39年5月に開園された「菖蒲園」は城北公園の一部にあり、毎年6月には、250品種、約13,000株の『ハナショウブ』が咲き乱れ、多くの観賞者の目を楽しませてくれています。
面積
城北公園 / 95,200平方メートル 菖蒲園 / 10,800平方メートル
開園期間
5月下旬~6月中旬(予定)
開園時間
午前9時30分~午後5時(時間延長あり)
※詳細については、上記電話番号にお問合せください。
入園料
大人200円(小・中学生・65歳以上、身体障害者の方は無料)
交通のご案内
大阪市バス
いずれも「守口車庫前行」乗車「城北公園前」停留所下車
※(駐車場はありませんので、お車でのご来園はご遠慮ください)

淀川左岸河川敷 菅原城北大橋~赤川鉄橋付近
交通のご案内…市バス「城北公園前」停留所下車 北側
淀川の本流沿いにある水のたまっている所で、本流とつながっているか、水が増えた時には連なってしまうような所をいいます。語源ははっきりしませんが「入江」や「川のよどみ」「淵」のことをワンドと呼ぶ地方があることなどから、淀川でもワンドと呼ぶようになりました。
また、淀川には60種以上の魚が確認され、その多くがワンドで生まれ育っています。これらの種類の中には、絶滅の危機にあるイタセンパラやアユモドキなど、国の天然記念物も生息していますが、環境汚染や外来魚の影響で見ることが減ってきています。
(資料提供)
国土交通省近畿地方整備局淀川工事事務所
〒537-1191 大阪府枚方市新町2丁目2-10
電話: 072-843-2861
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イタセンパラ

アユモドキ

ゲンゴロウブナ
(養殖種カワチブナ)

ハス

タイリクバラタナゴ

オオクチバス
(ブラックバス)

カムルチー
旭区中宮1-11-14
電話:06-6955-1066 FAX:06-6955-7901
ホームページ
大阪市立芸術創造館は平成12年1月15日オープンし、劇団やバンドの皆さんが新しい作品づくりに取り組んでいただける創造活動のための拠点として利用され、旭区から全国に向けて、大阪の芸術文化を発信しています。
交通のご案内

旭区赤川1-3-21
電話:06-6922-0001 FAX:06-5922-0002
リサイクルプラザ赤川では、楽しみながらごみの減量やリサイクルについて学んだり、体験したりしていただくため、ご家庭で不用となった家具や自転車を再生して展示し、抽選で市民の方に無料提供しているほか、紙すき・染色・パッチワーク・ガラス工芸などの「リサイクル教室」も開催しています。また、毎週月曜日・土曜日は市民の方から紙パック・アルミ缶・使用済み乾電池・蛍光灯管・水銀体温計の持ち込みも受け付けています。
開館時間: 10時~16時30分
休館日: 火曜日、第4火曜日の翌日から3日間、年末年始
*詳細については、環境局のホームページからもご覧いただけます。
交通のご案内

旭区高殿6丁目14-6
2002年に城北市民学習センター
・旭屋内プール・トレーニングルーム・おとしよりすこやかセンター北部館を含む複合施設がオープンしました。城北市民学習センターでは文化や学習に関するさまざまな講座や催しを行うほか、貸室、学習に関する情報提供、相談を行っています。


旭区生江3丁目・淀川堤防上
昭和20年の大阪大空襲で、市内いたるところに身元不明の遺体が多数放置されていました。それらの遺体は、市民奉仕で城北公園裏の淀川の堤に集められ、千数百体の遺体がだびに付されました。「鬼哭啾々 黒煙天に柱し、三日三晩に及ぶ」といわれて、その冥福を祈って区民の方が庭石に「千人つか」と刻んで安置されました。

旭区赤川4丁目・淀川堤防上
赤川寺(別名 大金剛寺)というお寺がありましたが、いつのころからか廃寺になってしまい、伽羅の正確な位置がわからなくなってしまいました。しかしお寺の僧であった覚賢が写した大般若経が残っています。

旭区太子橋1丁目・豊里大橋南詰淀川堤防上
東淀川区豊里と旭区太子橋を結ぶ渡船の碑で、昭和45年の豊里大橋開通にともない、渡船場はなくなりました。なお、石碑の「平太」は渡船業者名であり、一般的には地名である「平田」と呼ばれています。

旭区新森4丁目・新森中央公園内
昭和6年に発見された弥生期から古墳時代までの集落跡で、新森中央公園を中心に東西500m、南北600mにわたり、主な出土品としては、弥生式土器・石器・木器・須恵器・土師器・製塩土器・玉類などがあります。(出土品の一部は、区民センター郷土資料室に展示しています。)

京街道は大阪城京橋口(のち高麗橋)を起点に、大阪から京へ通じる古くからの主要な道路です。豊臣秀吉が文禄年間(1592年~1596年)に淀川左岸の堤防を改修し、堤防上に陸路を開いたのが経路でした。当初は、片町、蒲生、関目、今市、そして守口、枚方、橋本、伏見を経て京に至るのが経路でした。江戸時代には、参勤交代の大名行列なども往来していたそうです。千林、森小路などはこの街道を中心に栄えた集落です。森小路1丁目、今市1丁目に「京街道の碑」が建っています。また、当時をしのんで歩いてもらえるよう、道標など点在しています。
京街道の一部で、豊臣秀吉が大阪城築城のとき城の上から敵兵の軍容や兵数を知るため、わざと道路を狭く、しかも曲がりくねらせてつくらせたといわれ、今もその名残をとどめています。
北区中之島から、大川、淀川沿いを通り、茨木市を横断し、吹田市万博記念公園まで続く20.1kmのサイクリングコースです。淀川を見ながら風を切り、自転車で心地よい汗をかいてみてはいかが…

阪神高速12号守口線の高架下にあり、散歩やジョギングに最適です。大阪工業大学付近から太子橋にかけては、木製のベンチなどがあり、木の温もりが感じられる場として親しまれています。

旭区大宮5-16-1
中央公会堂をモチーフにした赤煉瓦造りの「片岡メモリアルゲート」(正門)が目を引きます。
散歩やジョギングなどに利用されており、河川公園にはグラウンドやサイクリングコース(北大阪周遊自転車道)などがあって、いろいろなスポーツが楽しめます。
新緑のかおる季節、川風の涼しく吹きわたるころなど、四季折おりのすばらしい眺めは、訪れる人の心を和ませてくれます。

戦前からあるトラス型の古いもので、人と列車が渡る珍しい鉄橋です。今後は、複線電化され、客車が走る予定です。
旭区新森4丁目
公園内には、染井吉野や八重桜の木が点在しており、公園を中心とする周辺には森小路遺跡が眠っています。古代ロマンに思いを馳せながらお花見するのもよいかも…

城北川は、寝屋川と大川を全長5.6km結び、両岸には遊歩道が整備され、水辺に親しめる憩いの場として現在もなお、整備が進められています。遊歩道は、散歩やジョギングなど、多くの区民の方に利用されています。
旭区高殿5-7
旭公園には、グラウンドをはじめテニスコート、スポーツセンター、プールなどがありいろいろなスポーツが楽しめます。
また、春には公園の周辺に見事な染井吉野が咲きます。
旭区今市1丁目
お願い/大楠は天然記念物であり、お寺の御神木ですので、近付いてご覧になったり、お手を触れないようにお願いします。また喫煙については堅くお断りします。

この大楠は、樹齢約800年といわれています。大阪城築城のとき天守閣の棟があがらず困っていたところ、豊臣秀吉の夢枕に大きな白蛇が現れ「城北の大楠の主である」と告げて消えてしまい、調べさせてみると、見たこともない大楠があるという報告に「さては神のたたりだったか」と鬼門除けの祈とうを行い"楠玉大王"をまつる「楠玉殿」を建てました。これにより、天守閣の棟が無事にあがったと伝えられています。
旭区千林
お願い/個人邸宅内にあるため、見学はできません。

『日本書紀』によると、仁徳天皇のころ淀川の治水対策として、まんだのつつみ茨田堤(堤防)を築いたとあります。
当時、堤防を築いても大雨が降るとすぐに決壊して築堤が困難でした。ある夜、仁徳天皇の夢に「武蔵の人こわくび強頸と、河内の人まつたの茨田むらじころもこ連衫子の二人をいけにえとして、河の神にまつれば、崩れない築堤が成就する」という神のお告げがあり、この二人が人柱として選ばれました。衫子は策を用いて難を逃れましたが、強頸は泣く泣く人柱にたち、堤は完成したといいます。これはその伝説にもとづいた碑です。
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