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大阪市の道路 沿革

2018年11月20日

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 大阪市の道路の原形は、豊臣秀吉が大坂城を築城するときに構想したもので、碁盤の目のように整然と配置されていました。江戸時代にはこれらの道路が少しずつ整備され、経済都市としての基盤がかためられていきました。しかし、その道路は人馬や牛車が行き来できる程度の貧弱なものでした。
 明治22年(1889年)に大阪市制が施行され、近代的な都市計画が求められ、明治36年(1903年)には第5回内国勧業博覧会を契機とした大阪市最初の市電が開通しました。これにともなって狭い道路の拡幅が進められました。
大正8年(1919年)には、大阪市区改正設計が決定され、近代都市計画による道路建設の第一歩が踏み出されました。
 戦後は、復興計画に基づいて将来の交通を予測して路線や幅員を定め、昭和28年(1953年)から本格的な整備を行いました。その後昭和45年(1970年)の日本万国博覧会や平成2年(1990年)の国際花と緑の博覧会、平成6年9月に開港した関西国際空港など大規模プロジェクトに関連させながら様々な道路整備を行ってきています。

図 しんばん大坂之図 明暦三年 16世紀頃の大阪市中心部

新板大坂之図
明暦三年 16世紀頃の大阪市中心部

写真 新御堂筋 建設中の高架橋

新御堂筋の整備
(建設中の高架橋、万国博関連事業:1969年)

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大阪市 建設局道路部調整課

住所:〒559-0034 大阪市住之江区南港北2丁目1番10号 ATCビルITM棟6階

電話:06-6615-6773

ファックス:06-6615-6582

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