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木造弥勒菩薩立像(宝珠院) 1躯

2019年1月9日

ページ番号:8915

木造弥勒菩薩立像

もくぞうみろくぼさつりゅうぞう

分野/部門

有形文化財/美術工芸品〔彫刻〕

所有者

宗教法人 宝珠院

所在地

大阪市北区与力町1

紹介

木造弥勒菩薩立像 写真

 天満寺町の中に所在する宝珠院は、別名天満寺と号する真言宗の寺院である。宝珠院に伝来する『摂州西成郡大坂天満菅原山天満宮寺宝珠院略縁起』によれば、弘仁年間(810~824)に空海が建立したと伝える。

 貞観年間(859~77)の頃の住職であった4世恵澄は菅原道真と親しく、道真が太宰府への道中に立ちより、自作の木像を送ったという。この伝承が示すように、天神信仰と深いつながりのある寺院である。江戸時代の地誌には、境内には天神をまつる社があり、人々の信仰を集めていた。この社を大阪天満宮の奥の院とする風聞を巡って、大阪天満宮と争論があったことが記されているが、一説には中世には大阪天満宮と神宮寺の関係にあったともいわれる。

 空海作という大日如来像を本尊としてまつっていたが、第2次大戦の際に焼失してしまった。しかし被害を逃れて現在も宝珠院に伝わる仏像・仏画も多い。本堂にまつられる木造弥勒菩薩立像もそのひとつで、寄木造の彫眼像である。宝塔を戴く宝冠をつけていることから尊名が知れる。高く結い上げた装飾的な宝髻や抑揚の豊かな衣文の表現、細身の腰、卵型の頭部と優しい表情などが特徴的である。仏師や制作年代を示す銘はないが、制作年代は鎌倉時代、13世紀後半に遡る。

 大阪市内に残る鎌倉時代の弥勒菩薩の彫像の作例としても注目される像である。

参考文献

『宝珠院の仏像について』(大阪市教育委員会 2000年)

 

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