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【絵本】瑞光寺のくじら橋

2020年1月27日

ページ番号:489371

瑞光寺のくじら橋

瑞光寺にまつわる昔のお話です

読み聞かせ用の音声データも掲載しています。


表紙


むかし 東淀川区(ひがしよどがわく)が 摂津(せっつ)の国とよばれていた 江戸時代のお話です

瑞光寺(ずいこうじ)の 潭住知忍(たんじゅうちにん)という えらいお坊さまが 修行のため 旅をしていました


あるとき くじら漁が盛んな 紀伊(きい)の国の 太地浦(たいじうら)(和歌山県太地町(わかやまけんたいじちょう))を とおりかかりました

そのころ 村ではくじらがとれず 飢えに苦しんでいました


村長の覚右衛門(かくうえもん)と 網本(あみもと)の次右衛門(じうえもん)は えらいお坊さまが訪れたのを知り 涙ながらにお願いしました

「ここ 百数日 くじらが まったく獲れません」

「このままでは みんなが 飢え死にしてしまいます」

「どうぞ 和尚様 豊漁のお祈りを してください」

「お二人のお気持ちは よくわかりました しかし 仏の道には 生き物を殺すことを 禁じる教えがあります 私には 祈りを あげることはできません」

と 断りました


しかし ふたりは 何度も何度も お願いしました

知忍禅師(ちにんぜんじ)は 村の人々の 苦しむすがたを見て ついに決心しました

「わかりました 一度だけやってみましょう」


みさきの先に 小屋をたて そこにこもって お祈りは続きました

雨のふる日も 風のふく日も 休むことなく 祈りつづけました

そうして 十五日たった 朝・・・


風がやみ 波が静まり 雲のすき間から 朝日がさしたとき・・・

水平線が 黒く変わり その黒のかたまりが 津波のように 湾をめざして 進んできます

「くじらだ!!」

「船を出せ!!」

村びとたちは よろこびいさんで 船を出しました


そして くじらを湾の奥に追い込み 浜に上げ つぎつぎと解体していきます

浜は くじらの血で 真っ赤に染まりました

太地浦(たいじうら)は 村人たちの大漁歌(たいりょうか)で わきあがりました。

知忍禅師(ちにんぜんじ)は みさきからぼう然と その有様をみつめていました


「なんということを してしまったのだろう」

村人のためとはいえ 生き物を殺す手助けをしてしまった 自分を責め こっそり 瑞光寺(ずいこうじ)に帰り お堂にこもって お経を あげ続けました


「和尚様に お礼をせねば」

覚右衛門(かくうえもん)たちは 瑞光寺(ずいこうじ)をたずね そして 無理やり 黄金三十両と くじらの骨十八本を 置いて帰りました


知忍禅師(ちにんぜんじ)は くじらのめい福と すべての生き物の命を 大切にするという祈りをこめて 境内の「弘済池(こうさいち)」に くじらの骨を使って くじら橋(雪鯨橋(せつげいきょう))を 造りました

くじら橋は 古くなるたびに 太地町(たいじちょう)の協力で架け替えられ 今でも 瑞光寺(ずいこうじ)に残っています



裏表紙

東淀川区役所「東淀川区昔ばなし絵本」作成事業

発行日:2003年3月

制作指導:三善 貞司

発行者:東淀川区役所、東淀川区コミュニティ協会

音声データ

  • 音声データ(MP3形式, 1.82MB)

    音声データは、東淀川区内で活動しているボランティア「淀の会」さんのご協力により作成しています。 ※インターネット、パソコン環境によってはお聞きいただけない場合もあります。

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