水道施設の紹介(現存する明治時代から昭和の初期に建てられた歴史的土木構造物)
2024年1月5日
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大阪市の水道は、横浜、函館、長崎に次いで、わが国で4番目に創設された歴史があり、わが国に近代水道が普及し始めた黎明期を代表する最先端技術が投入された貴重な土木構造物が今もなお現存しています。
創設時の躯体構造を維持しつつ、補強・改修を加えながら、現在まで125年の長きにわたって、大都市大阪の水供給を支え続けています。
このページでは、明治時代から昭和の初期に建てられた歴史的土木構造物を紹介いたします。
大阪市水道創設期及び拡張初期の施設群
施設一覧
- 大手前配水場 明治26年(1893年)完成
- 柴島浄水場1・2号取水塔 大正3年(1914年)完成、3号取水塔 昭和5年(1930年)完成
- 柴島浄水場旧第1配水ポンプ場(現水道記念館)大正3年(1914年)完成
大手前配水場
大手前配水場は、明治28年(1895年)11月13日、大阪市水道創設時に、桜ノ宮水源地で沈殿・ろ過された浄水を、大阪市内の中心部で最も標高の高い大阪城天守閣の地の利を活かした大手前配水池に送水し、市内に配水しました。当時の計画給水人口は61万人でした。
大阪城に隣接する広大な空間に設置された、全国でも稀有なロケーションを有する、近代水道の創設に尽力した先人の発想力と技術力の高さを窺い知ることができる施設です。
配水場内部
天守閣再建前(昭和4年頃)
柴島浄水場取水塔
柴島浄水場1~2号取水塔は大阪市水道の第2回拡張事業(大正3年(1914年)まで)において、3号取水塔については第4回水道事業拡張事業(昭和5年(1930年)まで)に築造された施設であり、現在においても当時のレンガ造円形を保持している美観に優れた構造物である。
平成20年代前半の耐震補強工事では、建設当時の意匠をそのまま残すことに配慮された工法が採用されています。
柴島浄水場取水塔(現在)
取水塔改良工事施工状況
柴島浄水場旧第1配水ポンプ場(現水道記念館)
大正3年(1914年)に通水した、柴島水源地(現柴島浄水場)は、自然流下方式を主流とする当時の配水技術に対して、電動のポンプによって浄水を市内に給水する画期的な方式を採用したもので、第1配水ポンプ場はその主力として、柴島浄水場創設から昭和61年(1986年)まで稼働していました。
平成7年(1995年)、大阪市水道が通水100周年を迎えるのを期に、建物を「水道記念館」として改修し、水道の歴史を後世に伝える施設として運用していました。
現在は水道事業の役割や水の大切さ、浄水場の仕組みなどを学べる学習施設として運用しています。
柴島浄水場旧第1配水ポンプ場(現水道記念館)
大正3年から実際に使用されていたポンプの実物を展示
水道が整備される前の江戸時代の街並みをリアルに再現
土木学会選奨土木遺産に認定
「大阪市水道創設期及び拡張初期の施設群」は明治~昭和初期に建設された日本の近代水道創設・拡張を象徴する貴重な土木遺産として、土木学会の2022年選奨土木遺産に認定されています。
認定書
土木学会選奨土木遺産とは
土木遺産とは、現存する明治時代から昭和の初期につくられた生活基盤施設のことで、それらの多くは先人の偉大な発想や様々な苦労の末につくられ、新たに人々の交流や物流を生み出し、地域産業の発展や生活文化の形成に大きな影響を与え、私たちの暮らしを支え続けてきました。
こうした歴史的に国土や地域に貢献した土木施設を我々共有の財産と位置づけ、土木遺産の顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的として、公益社団法人土木学会では、平成12年(2000年)に認定制度を設立されておられ、推薦および一般公募により、年間20件程度の施設が選出されています。
「大阪市水道創設期及び拡張初期の施設群」説明資料
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登録有形文化財
柴島浄水場旧第1配水ポンプ場(現水道記念館)の建物は、宗兵蔵が設計した煉瓦造、平屋建の建物。赤煉瓦を基調にして要所に花崗岩を混ぜた外観の意匠が特徴で、特に中央部にあるアーチ上部の煉瓦と石を交互に用いた仕上げが美しいものです。
平成11年(1999年)8月に、国の登録有形文化財(建造物)と指定されています。
館内に展示している認定プレート