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つるの橋(つるのはし)

2010年4月13日

ページ番号:30556

諸元・アクセス文

写真:つるの橋 (つるのはし)

ア行政区:生野区
河川名:旧平野川
アクセス:JR環状線 桃谷駅 東口  
      およそ750m 徒歩13分

文化・歴史

 「つるのはし」は、日本最古の橋として名高い「猪甘津の橋」の古跡とされています。
 日本書紀の仁徳天皇14年の条に「冬11月、猪甘の津に橋わたす。すなわちその処を号けて小橋という」と記されていて、これが我国での架橋の記録として最も古いものです。仁徳天皇の頃(5世紀、河内湖の時代)には、ここより少し北の辺りは“小橋の江”と呼ばれた入江であって、そこに百済川(のちの平野川)が注いでいたと考えられます。その河口付近は、人や物資を運ぶ船の盛んに出入りする港として栄え、“猪甘の津”と呼ばれていました。
 その港には当然、上町台地にある高津の宮からの官道が通じていたわけです。そして、そこからさらに河内・大和方面への交通路をひらくために橋がかけられたというのが、この記録の意味するところです。
 小橋(小椅)は東成区東小橋。猪甘の津はここ猪飼野(現在の桃谷3丁目を含む一帯)がその伝承地です。
 「つるのはし」の名の由来については、江戸時代の地誌『摂陽群談』に「むかし、この辺りに鶴が多く群れ集まったためという」と記されています。また一説には“津の橋”から訛ったものとも言われています。
 江戸時代の『猪飼野村明細帳』などの古記録(御幸森天神宮所蔵)に、“この橋は河内大和への街道筋ゆえ、往古より御公儀様(お役所)の費用で掛け替えて頂いています”とか“過去いついつに掛け替えられた”とか、橋の規模・構造などが詳細に記されており、それによると橋の全長20間(36.4メートル)幅7尺5寸(2.3メートル)の板橋となっています。
 近代に入ってからは、明治7年旧平野川を深く掘り直した際に石橋に掛け替えられ、同32年国庫補助により欄干付・長さ7間(12.7メートル)幅1間(1.8メートル)の石橋に改修されました。
 その後、大正12年(1923)に鶴橋耕地整理組合の手によって新平野川が開削され、不要となった旧川筋は昭和15年(1940)に埋立てられて、つるのはしは廃橋となりました。
 この由緒ある橋の名を後の世に伝えるため、昭和27年(1952)ここに記念碑を建て、当時の親柱4本を保存しました。なお、このつるのはし跡公園は旧平野川の流路の上に位置しており、公園入口前の道路上につるのはしがありました。

(資料提供:猪飼野保存会)

 

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