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天満地区HOPEゾーン事業

2016年7月15日

ページ番号:116291

※このページは「天満地区HOPEゾーン事業」についてのページです。「大阪市HOPEゾーン事業」全体に関する内容は、下記をご参照ください。

天満の歴史とまちなみ

歴史深いまち、天満


 天満は難波津(なにわづ)といわれた古代より人が住み、天歴3年(949年)に大阪天満宮が現在地に鎮座。その後豊臣秀吉が天満宮の東に置いた天満本願寺の寺内町として開発され、江戸時代には大坂三郷のひとつ天満組と呼ばれていた歴史あるまちです。大阪天満宮は創建当時から天神祭など季節ごとに祭りを行い、現代に受け継いでいます。
また、江戸時代には落語や人形浄瑠璃の小屋などが立ち並ぶ大坂有数の遊興地となり、多くの人がこの地を訪れました。
旧淀川である大川沿いには、江戸時代から天満青物市場をはじめとする各種市場が立地し、乾物問屋・酒造業・ガラス製造業など同業種の集積もみられ、舟運を活かした商いの場として栄えました。今でも菅原町には乾物問屋の集積がみられ、その面影を伝えています。


天満のまちの特徴

 

 天満の街区形状は、豊臣秀吉による大坂城下町建設の際、天満本願寺の寺内町として開発され、慶長3年には天満堀川の開削とともに東西に宅地が造成されました。長方形で大小まちまちの街区となっているのが特徴で、敷地形状は船場や上町などのように南向き・北向きのものが多いのに対し天満では東向き・西向きの敷地が多いことが特徴です。

天満地区は豊臣秀吉によって開発された町割が江戸期を経て、その後戦災を受け土地区画整理を経た現在にもおおむね継承されている希少な地区です。

緑豊かな大川と遺構

 

 かつて天満青物市場としてにぎわった水辺は、現在は緑豊かな公園になっています。大川とかつての天満堀川沿いには、浜へ下りるための雁木(がんぎ)や川に面して建てられた浜蔵などが残り、川との深い関わりの歴史を物語っています。また、興正寺跡地である滝川公園には、石垣や石段が当時のまま残っており、公園内には「興正寺跡の碑」があります。

まちなみづくりのテーマ


天神さんから大川浜へ 「もてなし」のまちなみづくり



訪れる人に笑顔で声をかけ、まちの魅力を語る・・・その心は「おもてなし」。祭礼に彩りを添えることで、まち全体を「もてなしの場」にします。このテーマの実現に向けて、2つの方針「つなげる」「よそおう」に沿った取り組みを進めています。

○つなげる
「歴史的特徴」を活かしてもてなす。菅原町には、市内でも貴重な川沿い特有の町家や蔵がみられます。このような歴史的特徴を活かして、新たなまちと建物のつながりを育み、もてなしの場にふさわしいまちなみを整えます。

○よそおう
祭りや四季の「しつらい」でもてなす。天満では、祭りや四季にあわせ幔幕などのしつらいが映えるよう建物等を整え、もてなしの気持ちをもって「しつらい」を飾りつけます。

まちなみガイドライン

天満地区HOPEゾーン協議会と協力して「まちなみガイドライン」を策定しています。

「まちなみガイドライン」にはまちづくりのテーマ、基本的な方針、及び修景のポイントといった、魅力あるまちなみづくりの実現に向けた具体的な方策がとりまとめられています。

歴史的・文化的雰囲気を備えたまちなみの魅力を将来に引き継ぐため、建物や塀などの改修や新築の際に「まちなみガイドライン」をご覧ください。

「まちなみガイドライン」は下記のPDFをご参照ください。






「まちなみガイドライン」の冊子はHOPEゾーン事業グループ窓口で配布しています。

天満地区HOPEゾーン協議会の活動

天満地区HOPEゾーン協議会は、HOPEゾーン事業を地域で主体的に進めるため、平成20年6月に設立された地元組織で、天満地区のまちなみに関するワークショップやまちなみ形成試行プロジェクト、HOPEゾーン事業に関する広報活動などを行っています。


まちなみ修景の紹介


公共施設修景の紹介


※天満地区のまちなみ修景の具体的な要件等については、下記をクリックしていただき、「まちなみ修景補助制度実施要綱別表(天満地区)」をご確認ください。

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このページの作成者・問合せ先

都市整備局 企画部 住環境整備課 HOPEゾーン事業グループ
電話: 06-6208-9631 ファックス: 06-6202-7064
住所: 〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目3番20号(大阪市役所6階)