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田辺地区HOPEゾーン事業

2017年3月31日

ページ番号:116292

※このページは「田辺地区HOPEゾーン事業」についてのページです。「大阪市HOPEゾーン事業」全体に関する内容は、下記をご参照ください。

田辺の歴史とまちなみ

歴史と街道のまちなみ


 田邊は純農村でしたが、四天王寺、住吉大社、平野郷に囲まれた地域に位置し、それぞれと街道で結ばれていました。また、熊野・高野山への道筋でもありました。
 田邊の氏神である山阪神社、平重盛が建立したとされる法楽寺には歴史を経た楠の大樹があり、
神聖な雰囲気をかもしだしています。
 戦国時代から江戸時代にかけて建てられた6つのお寺が村の中心にあり、旧村内は細く屈折した道が入り組み、お地蔵さんも多く大中小の農家型の家屋が存在します。田邊に来ると、こうしたものが他とは、異質な空間を感じさせます。大正時代以降、田邊は大阪市のベッドタウンとして宅地化が進み、当時の最新のデザインを使った和風・洋風・折衷の家屋、長屋が建てられました。田邊では中世から近代、現代までの建物がまちなみを構成しています。


【エリア図と代表的なまちなみ写真】

神馬伝説と田邊

 

 神功皇后の伝説によると、朝鮮半島から持ち帰った白馬を住吉大社で大切にしていましたが、ある日その馬が失踪しました。行方不明になっていた馬が田邊にいるのを見つけ田邊の人々が住吉大社へ届けました。住吉大社では「この馬は田邊を気に入っているようだ」と以後この馬の飼育を田邊の人々に依頼したといわれています。

 このような古代の伝説に由来する行事が、田邊では昭和の初期まで毎日行われ、その墓所である神馬塚がいまでも残っています。

街道について

 

 田邊地区には、四天王寺を起点とし、旧川辺村(現平野区長吉川辺)へと至る庚申街道と、旧天王寺村を起点とし、旧野田村(現堺市北野田)へと至る下高野街道が通っており、それら旧街道が地区内で交叉しています。戦国時代、田邊は四方を竹薮、坂、濠などで囲み村内の細い道をくねくねと屈折させ、自衛形態をとっていました。その名残は現在もみられます。

 また、飛鳥時代、難波宮が置かれたとき、朱雀門から南へ堺方面まで「難波大道」という最古の官道が造られましたが、その難波大道が法楽寺西側を通っていたと考えられています。

まちなみづくりのテーマ

街道と歴史が織りなす にんやか田邊郷

 このテーマには田邊の歴史や文化資源を活かしながら、地域の方々と一丸となって、にんやかに(田邊の方言で「にぎやかに」の意)まちなみづくりを進めていきたいという思いが込められています。
 また、古くから用いられてきた「田邊郷」という言葉を使うことで、まちなみだけではなく、田邊に住む人々や田邊を訪れる人々にとっての心温まる「ふるさと」になってほしいという願いを表現しています。

まちなみガイドライン

田邊地区HOPEゾーン協議会と協力して「まちなみガイドライン」を策定しています。

「まちなみガイドライン」にはまちづくりのテーマ、基本的な方針、及び修景のポイントといった、魅力あるまちなみづくりの実現に向けた具体的な方策がとりまとめられています。

歴史的・文化的雰囲気を備えたまちなみの魅力を将来に引き継ぐため、建物や塀などの改修や新築の際に「まちなみガイドライン」をご覧ください。

「まちなみガイドライン」は下記のPDFをご参照ください。






「まちなみガイドライン」の冊子はHOPEゾーン事業グループ窓口で配布しています。

田邊HOPEゾーン協議会の活動

田邊HOPEゾーン協議会別ウィンドウで開く(通称:にんやか田邊)は、HOPEゾーン事業を地域で主体的に進めるため、平成20年7月に設立された地元組織で、田辺地区のまちなみづくりイベント開催やHOPEゾーン事業に関する広報活動などを行っています。


まちなみ修景の紹介


まちなみ修景の紹介(庚申街道・下高野街道沿い)


※田辺地区のまちなみ修景の具体的な要件等については、下記をクリックしていただき、「まちなみ修景補助制度実施要綱別表(田辺地区)」をご確認ください。

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このページの作成者・問合せ先

都市整備局 企画部 住環境整備課 HOPEゾーン事業グループ
電話: 06-6208-9631 ファックス: 06-6202-7064
住所: 〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目3番20号(大阪市役所6階)