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再発見!すみよし文化レポート その19

2015年8月1日

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再発見!すみよし文化レポート その19 大阪ちん電バル 実行委員会事務局長 山田重昭(やまだしげあき)さん

住吉区で文化的・歴史的活動をされている個人や団体に活動内容や住吉の魅力についてお話を聞いていきます。

 

周囲の人も巻き込む、ムーブメント


バー電車「大阪ちん電バル号」の様子です

  大阪市と堺市をまたがって走る、ちん電こと阪堺電車。阪堺電車沿線を“にぎやかに食べ歩く”イベント「大阪ちん電バル別ウィンドウで開く」が今年も開催されます。沿線のお店での印象や買い物を通じて、まちのにぎわいをつくるイベントです。今年で4回目を迎える「大阪ちん電バル」の事務局長を務めるほか、「大阪あそ歩別ウィンドウで開く」のチーフプロデューサーとして、粉浜商店街周辺を盛り上げる活動を行う「粉浜サポーターズ別ウィンドウで開く」のスタッフとして、いろいろな活動をされている山田重昭さんに、まち歩きなどの活動を始めたきっかけ、普段の活動を通して感じること、大阪や住吉への思いなどをお伺いしました。

まちを盛り上げたい!大阪ちん電バル

―山田さんは、いろいろな活動をされていますね。まずは、いろいろな活動のひとつである、大阪ちん電バルに関わったきっかけを教えてください。

 きっかけは、以前に区民センターで、前区長が開催されていたラウンドテーブルに参加したことです。ちん電バル自体の話は既に立ち上がっていて、初めはいち参加者として関わるつもりだったんですが、前区長に「事務局長をやらないか」と言われまして。「話が違うよな」と言いながらも引き受けました。(笑い)それまでにも、私がいろいろなイベントを開催しているのをご存じだったので、あてにされたんでしょうか。(笑い)

 

―前区長に見込まれてしまったんですね。(笑い)大阪ちん電バルは今年で4回目の開催となり、毎年盛り上がっていますが、たくさんの方が関わるだけにご苦労は多いんでしょうか。

 多いですね。(笑い)バルに参加してもらえるようお店の方々に毎回説明します。ちん電バルに関わる人たちには、みなさんそれぞれの思いがあります。お店の方々にとっては集客が大事ですし、私自身はまちづくり的な視点でちん電バルに関わっています。みなさん思うところは違うので多少大変なところはありますが、お店の方には、お店を知ってもらうきっかけとして、ちん電バルを利用していただければいいと思っています。中には、「儲からないやないか」と仰って、一回参加してそれっきりになるお店もありますが、ちん電バルがそのお店にとって役立つか役立たないか考えるのは、そのお店のスタンスですので、それでいいと思っています。その他にも、スタッフの人手が足りないこともあって、対応しきれないこともあります。いろいろとメンテナンスしたいけれども、ほったらかしになっていることもありました。

 

―ご苦労もあるようですが、楽しみもあるんではないでしょうか。

 そうですね。辛いことも全て、当日にたくさんの集客があれば吹っ飛びます。そのときには本当に「楽しい!」って思います。

 

―イベントが盛り上がれば、それまでの苦労が吹っ飛びますね。毎回何店舗ぐらい参加されるんでしょうか。

 初回から40店舗ほどが参加しています。ずっと同じ顔触れではなく、参加しなくなったお店もありますし、新たに参加するお店もあります。どちらかというと、老舗よりも新しいお店や、若いオーナーさんが経営するお店が多いですね。立ちあげたばかりなので宣伝のために参加するお店もありますし、純粋に「おもしろそう!」と思って参加されるお店もあります。「こんなイベントが年1回あったらええやん!」という思いで、私たちもまちを盛り上げたいと思っています。

 

―今年はいつ開催されるんでしょうか。

 今年は住吉大社さんの観月祭に合わせて9月26日と27日に開催します。今までは、初回は路面電車サミットに合わせて1月に開催、第2回目は鉄道フェアに合わせて8月に開催していました。第3回目の昨年に、住吉大社さんの観月祭に合わせて9月に開催して、やっと開催時期が定まってきたというか、「はまった!」という感じですね。(笑い)

 

―昨年の第3回目で、ちん電バルのスタイルが定まってきた、という感じですか。

 そうですね。開催時期についてもそうですし、バルの運営方法についてもそうです。数枚つづりのチケットを購入してお店を回る「チケット方式」から、受付でバッチを購入し、バッチをつけている人はお店でバル価格で食事ができたり、特典を受けられたりする「バッチ方式」に変更したのもよかったです。お店をまわって15個スタンプを集めると、ガラガラ抽選ができる仕組みになっているのですが、当初は「15店舗もまわれるか?」という声もありました。でも、実際には、みなさんお店をまわりまくっていただいて。(笑い)中には15店舗以上まわって、スタンプカードが足らなくなる方もおられました。飲食だけでなく、物販の特典があるのもよかったんだと思います。バッチがお買い物券として認識してもらえたようです。

 

―手ごたえがあった第3回目だったんですね。

 はい。バル当日に、盛り上がっている様子を見て商店街の方が「山田さん!今年はすごいよ!」と駆け寄って来られたり。(笑い)住吉大社の方も「来年もこの時期にやりますよね?」とおっしゃられたり。去年の盛り上がりもあって、今年は南海電鉄さんと一緒に開催する形となりました。


バルにはいろんなお店が参加しています。


バルではスイーツも楽しめます。


第3回大阪ちん電バルの様子です。物販のお店も参加しています。

バルやまち歩きで、横断的に関わる

―ところで、山田さんと言えば、「大阪あそ歩(おおさかあそぼ)」注意1でもご活躍ですが、大阪あそ歩では、どんなことをされていますか?

 大阪あそ歩には2008年から関わりました。当時の大阪あそ歩のアシスタント・プロデューサーから連絡があって、住吉のガイドをしてほしいと頼まれました。その時は地元のことはあまり知らず、ツテもあまりなくて、近くに住んでいた義姉夫婦にいろんな人を紹介してもらいました。2014年度末から、大阪あそ歩のチーフプロデューサーに就任しました。大阪あそ歩は60人ほどのまち歩きガイドが登録しています。事務局は私含め数名で運営しています。この何年かは、代表の茶谷さんが全てのことをやっておられたんですが、ルーティンワークは私が引き受けて、茶谷さんには対外交渉や新人ガイドの募集、研修など、主に戦略的なことに注力してもらっています。大阪あそ歩は主に春と秋に登録ガイドからまち歩きコースの企画を募って、その中からいくつかのまち歩きを開催します。私は、参加者のエントリー募集や受付、ホームページの更新を担当しています。この春、私自身がガイドしたのは北畠コースの1コースだけですが、そろそろ体制が整ってきたので、暫く止めていた、受注制のまち歩きも復活できるかな、と思っています。

 

注意1

 「大阪あそ歩別ウィンドウで開く」は、2008 年10 月、大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会(大阪市、大阪商工会議所、大阪観光コンベンション協会=現・大阪観光局、その後、大阪あそ歩委員会が加入)の発足と同時にスタートし、「まち歩き」と「まち遊び」によって、大阪のそれぞれの「まち」の歴史や風土を知り、そこに住む人々の生活の機微に触れ、それらこそが大阪の本来の魅力であることを再確認し、それらを楽しみ、そして発信しようという活動。2012年観光庁長官表彰」を受賞し、同年事務局を独立させ、ガイドと参加者が支えあって自立した市民活動組織として運営されている。

 

―他にはどんな活動をされていますか?

 粉浜商店街の方々を中心につくられた「粉浜サポーターズ」に関わっています。粉浜商店街は商店街だけでなく、商店街周囲の地域の人、粉浜が好きな人を巻き込もうとしていて、「こはマガ」というフリーペーパーを製作・発行したり、粉浜周辺のまち歩きをしたりしています。粉浜商店街は賑やかだとはいえ、昔に比べると店舗数も減っていますし、危機感を持たれています。その状況に対応しようという動きがあります。主要メンバーが若くて、「何かやらなあかん」という思いがあります。既存の組織にとどまらず、商店街を飛び出していっていますね。

 

―粉浜サポーターズさんは、SNSなどでも積極的に発信されていますね。山田さんはこちらにはどんなきっかけで関わられたんでしょうか。

 元から知っている方が「まち歩きならあいつだ!」と思われたようです。(笑い)大阪あそ歩でもまち歩きをしていたので、ご存じだったようです。大阪あそ歩で一人でガイドするのもいいのですが、粉浜サポーターズでのまち歩きはメンバーみんなの意見が出て、楽しいですね。そのうち「私もガイドしたい!」というメンバーも出てきたので、私がガイド研修をしました。今ではガイドが出来るメンバーが5人います。

 

―いろんなところから声が掛っていますね。いろんな活動をされている山田さんから見て、住吉というまちはどんなまちでしょうか。

 私は住んでいるところが住吉と帝塚山の間にある神ノ木ですので、両方の雰囲気を楽しんでいます。普段の買い物では住之江区にも行きますし、あまり「区」という意識はありません。住吉にはいろんな活動をしている人がいます。いろんな活動があるのは魅力的ですが、それぞれが個別に動いているように見えます。私がそれをまとめようなんて大それたことは思いませんが、ちん電やまち歩きなど、どこででもいいので、もっと横断的にそれぞれの活動に関われたらいいなと思います。まち歩きについては、ただ知識を伝えるだけでも、表面的な薄いところを伝えるだけではなく、じっくりコミュニティベースドでありたいです。共感できて同じ思いを持っている方であれば、一緒にやっていきたいですね。私自身は「住吉」かどうかにこだわらず、「こんなんやってるよ、けーへん?」と声を掛けられて、成り行きで関わってきています。


住吉大社鳥居近くに設けられた第3回大阪ちん電バル受付ブースの様子です。

通り過ぎる景色がもったいないと思い始めた

―どちらかというと、誰かに誘われて、声を掛けられて、関わっていくことが多いんですね。山田さんは元からまちづくりに関心があったのでしょうか。

 私は生まれは生野区で、その後八尾市で育ち、高校までは大阪にいて、大学からは東京です。1980年代は、チェーン展開しているゲームやビデオやCDの専門店を運営する会社に勤めていて、新しいお店を立ち上げて、異動して、立ちあげて、異動して、と全国を転々としていて、20年間近く関西から離れていた時期もあります。看板を見たらすぐにどのお店か分かるような均一化、効率化、均質化されたお店を良し、とした教育をずっと受けてきました。当時住んでいたまちは、どこも魅力的なまちだったんだと思いますが、地域の催しや祭りへの寄付などは断ってきました。それが正しいと思っていたんです。お店で働いているアルバイトさんやパートさんたちとの会話で、その地域のことをいろいろ教えてもらうことがあって、それまではその土地らしいものや祭りについてはやり過ごしてきたんですが、それでいいんだろうか、もったいないなと感じてきました。

 

―もったいないと思うようになったきっかけがあるんでしょうか。

 会社では、立地開発やバイヤーもしていました。とにかく異動が多くて、長くて3年ぐらいしかそのまちにはいません。四国、札幌に3カ月、東京、という風に転々としていました。そろそろ地に足をつけないと思っていました。マーケティングの仕事は嫌いではなかったんですが、通り過ぎる景色がもったいないと思い始めたんです。次の異動先が決まり引越しする直前になって、「このまちの何を知っていたかな」と思いました。1990年代に入ると、金太郎飴的なお店の在り方に行き詰まりを感じていました。顧客は均一ではなくそれぞれ違いますし、もっと地域に目を向けて、考え方を変えるべきだという社会の流れもありました。まちと店との接点を大事にし、地域に落ちている資源に焦点をあてた店づくりをしようと思い、私と当時の上司2人の3人で、大分で同業者向けコンサルタント会社を起業し、5年間働きました。

 

―まずはお店の経営という視点で地域に目が向かれたんですね。

 ええ。その後、家業を手伝うことになり、大阪に戻ってきました。ちょうどそのころは「社会起業家」や「ソーシャルビジネス」という言葉が世に出てきていました。もともとの仕事がゲームやビデオやCDなど娯楽に関するものを扱っていたこともあり、娯楽やエンタメについて考えて、「何がおもしろい」「何が楽しい」かと考えると、「地域って大事だ」という所にたどり着きました。ソーシャルビジネスに関する本を手にとって「方向性はこれだ!」と感じて、これからは地域と関わる会社をしたいと思いました。ある販売士仲間が言っていたんですが、「これからはチェーンストアではなく、地縁ストアだ」と。まさにそうだと思います。その時には漠然と社会に貢献できたらなあと考えていて、まち歩きなど具体的なプランはまだなかったんですが、セミナーで知り合った仲間と、YUI企画(ゆいきかく)注意2を立ち上げました。そのころに、大阪あそ歩にも関わりだしたり、青少年指導員さんや、生根神社の生青会(いくせいかい)注意3と関わりだしたりするようになりました。できれば地元とコンタクトをとりたい、根をおろしたい、と思っていましたね。

 

注意2

YUI企画有限責任事業組合

山田さんが中心メンバーとなって立ちあげた、関西を元気にするために、町づくり活動に関与し、地域の活性化及び豊かな文化社会の実現を目指し、大阪の地域興し、町造りをコンサルティングし、起業を目指す人や自己の想いを伝えたい人の企画をイベントの開催によって実現・バックアップするための事業組合(LLP)

 

注意3

生青会

生根神社(大阪市住吉区)の祭事を支える組織。主に地域の青少年指導員から構成されている。

 

―久しぶりに戻った山田さんから見て、住吉や大阪のまちはどう映りましたか。

 大阪は、まちが弱っていると思いました。そのことは20年くらい前から言われていて、勤務先の遠い地から見ていました。帰ってきたときに見た大阪と、高校生の時の記憶の大阪とは、違っていました。環状線に乗って、人が少ないなあと思いました。品がないというか、ガラが悪いというか、繁華街が怖いなと思いました。住吉はどうでしょうか。私は元々が住吉の人ではないし、他のまちに長くいたので、ずっといる人が当たり前のことでも、「なんでこんなにお地蔵さんが多いの?」とか、路地のひとつひとつがおもしろく思えます。弱ってきたかどうかは、観る人の認識によるのかもしれません。いまだに、どこか「よそ者」の視点を持っているんだと思います。この景色がいい、この角度がいい、と歩くたびに思います。

今年のちん電バルについて楽しそうに語る山田さん。

周囲の人も巻き込む、ムーブメント

―山田さんは、住吉、大阪がどうなったらいいと思いますか。

 文化力を高めること、文化活動が活発になって、意識の変革のようなものがどこかで出てきたらいいなと思います。活動のひとつである、大阪あそ歩は単なるまち歩きではなくて、ひとつのムーブメントだと思っています。単に案内するだけでなく、まちの「おもしろいこと」に対する気づきを得ることができます。案内されている人はもちろん、遠巻きに見ている地元の人、案内の輪に入っていない周囲の人が「地域資源を大切にしよう」とか「今は廃れたものを復活させようとか」気づき出すきっかけになる、ひとつのムーブメントだと思います。今は、「住みやすい」ことがまちを選ぶ選択肢の一つになっていると思います。刹那的に動く世の中でなく、息が長いサスティナブルなまちになればいいですね。

 

―輪に入っていない周囲の人のことも気にされているんですね。

 まち歩きをしていても、周囲の人を気にしています。「こんなんしてますねん!」って、まずはわかってもらいたいんです。初めは「わけわからんやつやなあ」って思われても、「こういうことしているのか」「今度は仲間に入ってみよう」「手伝わせてよ」とじょじょに入ってきてもらえたら、それでいいですね。

 

―周囲に人も輪の中に巻き込むにはどうすればいいと思いますか。

 何かやりたいなと思っていても、みなさん、なかなかアクションには結びつかないんだと思います。イベントを覗きに来てくれた方は、だいたいお話が長いんです。(笑い)その方はそれだけまちへの思いが強いんだなと思います。その時に私が話す相手が例え2~3人だけだとしても、その先に広がればいいと思います。まずは、「こんなこと考えているやつがいる」と知ってもらいたいです。いつも行くお店でひょんなことから始まる話もあります。ある食堂の方は、初めはまち歩きやイベントでの様子を周囲で見ていたのですが、そのうち、特技のバルーンアートを商店街のイベントで披露したり風船を提供してくれたりするようになりました。どうすればいいかははっきりとはわかりませんが、やり続けます。

 

―最後に何か伝えたいことはありますか。

 住吉は住みよいところ。まだまだ捨てもんじゃありません。気づきはあちらこちらにあります。まちの宝を拾いに行ってほしいです。

 

山田さん、ありがとうございました。


山田重昭(やまだしげあき)
住吉区在住。書籍販売、ビデオ・CDレンタル等のホームエンターテインメントストア2社で店長、SV、バイヤー等を勤めた後、上司らと共に独立、大分にて同業界向けのコンサルティング会社を運営した。現在は大阪に戻り、実家の町工場で働く傍ら、まちづくりをテーマに事業活動を続ける。2003年、起業家仲間とYUI企画を立ち上げる。2008年、大阪あそ歩ガイド。2014年同チーフプロデューサーに就任。大阪ちん電バルは2012年より開始。
1級販売士(登録講師)
イベント業務管理者
大阪市立大学創造都市研究科修士課程修了
大阪ちん電バル 実行委員会事務局長
一般社団法人 大阪あそ歩委員会 チーフプロデューサー(理事)
住吉区青少年福祉委員
粉浜サポーターズ
YUI企画有限責任事業組合代表組合員

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