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瓦屋橋(かわらやばし)

2018年4月3日

ページ番号:25698

諸元・アクセス

瓦屋橋写真

橋長:37.6m
幅員:9.00m
形式:桁橋
完成:昭和41年
行政区:中央区
河川名:東横堀川
アクセス:OsakaMetro 長堀鶴見緑地線 松屋町駅 
      4番出口 およそ500m 徒歩9分
      大阪シティバス「瓦屋町二丁目」

歴史・文化

 瓦屋橋の東詰一体は江戸時代には南瓦屋町と呼ばれ、瓦の窯や土取場があり、瓦生産が行われていた。

 瓦屋橋が記録の上で初めて表れるのは元禄年中に作られた『新版摂津大坂東西南北町嶋之図』や元禄16年刊の『公私要覧』からで橋は元禄時代の中期以降に初めて架けられたものと考えられる。橋の東詰には瓦を積み出す施設も設けられており、付近は積み出しの舟で賑わっていた。

 江戸時代の瓦屋橋は『地方役手鑑』によると橋長十九間二尺(38.0m)、幅員一間半二尺七寸五分(3.8m)の木橋で、橋筋の町々によって維持されてきた。菊屋町文書の中に瓦屋橋を架け替えたとき、心斎橋筋の菊屋町が余内銭という名の負担金を支払った記録がある。

 それによると、瓦屋橋は宝暦11年(1761)、安永7年(1776)、寛政9年(1797)、文化5年(1808)、文政13年(1830)と平均約15年おきというかなり短期の内に架け替えが行われていた。

 明治に入っても木橋のままで、近代的な橋になったのは昭和7年10月のことである。橋長37.7m、幅員6.5mの鋼桁橋で、四径間より成り、橋脚は長さ6.5mの鋳鉄製の柱が3本建となっていた。

 戦後、昭和41年になって架け替えが行われた。橋長は以前とほぼ同じであるが、径間数は3となり、橋脚には場所打杭基礎が用いられて橋の強度は高められている。昭和44年に歩道部が拡幅され、全幅員が9.0mとなって現在に至っている。

 

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